アヌイ「アンチゴーヌ」(**)
訳・石川 吾郎

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(コーラスが登場する)

コーラス:
さてさて。これで、ゼンマイがすっかり巻かれました。あとは自然に巻もどるだけです。
これは悲劇の都合のよいところです。親指でちょっと押してやればゼンマイが解き放たれ、街で一瞬見かけた娘に手を振ったり、ある朝目覚めると、食べ物を食べたいように名誉を得たい欲望が起こったり、晩になると悩みが次々と湧いてくるといったように。・・・それだけです。要するに、放っておく以外にないのです。人々は穏やかです。ただゼンマイだけが支配しています。それは精密で、いつもたっぷり油が補給されています。死や裏切りや絶望はそこにあり、稲妻、嵐、沈黙、そうすべての沈黙はすぐそこに用意されています。最後に死刑執行人の腕が振り上げられたときの沈黙。恋人たちが、うす暗い部屋の中で、はじめて裸かでじっと向かいあった瞬間の沈黙。勝利者のまわりで民衆の叫び声が炸裂するときの沈黙。音が停められた映画のように、開かれた口は声を発せず、映像だけの喧噪。勝利者はすでに敗れ沈黙のまっただ中で孤独です。・・・
悲劇の特徴なのです。静かで、確かなのです。・・・
ドラマでは、裏切りや悪意ある攻撃があり、迫害される無実の人や復讐者や新しい土地や希望のかすかな光といったものが、偶然の事故のように、恐ろしい死へと連なっていく。救われたかも知れないのです。善良な若者は時がすぎれば、近衛騎兵になったかも知れない。
悲劇では人は静かです。そして人は自分の中に沈潜しています。要するに、人はみな罪がない。殺し殺される者がいるからではないのです。それは配役の問題です。とりわけ、悲劇は静かです。これはもはや希望が、卑しい希望がないということを人が知っているからです。人は捕らえられ、最後にはネズミのようにうつ伏せに捕らえられ、叫ぶことしかできない。---うめくことでも、不平をいうことでもなく---言うべきことを、決して言わなかったことを、たぶんまだ知りさえしないことを、力の限り叫ぶのです。何のためでもない。自分自身に言うために、自分がそれを知るために。
ドラマでは、逃れようとしてもがくのです。卑しい、打算的なことです。悲劇では、損得はありません。それは王のためなのです。もはやなすべきこと尽き果てました。

(アンチゴーヌが、衛兵にこづかれながら登場)

コーラス:
さあ、始まります。アンチゴーヌは捕らえられました。アンチゴーヌは始めて自分自身になろうとするのです。

(衛兵がアンチゴーヌを連行して登場するのに伴い、コーラスは退場する)

衛兵:(平静さをとりもどして)
さあ歩け。つべこべ言うな。王様の前で申し開きをしろ。おれは命令されたことしか知らないんだ。
お前があそこでするはずだったことなんぞ、おれの知ったことじゃない。だれでもみんな言い訳はあるし、だれでもみんな反対するものはあるもんだ。人の言うことをみんな聞き、理解しなければいけないんなら、ご立派になっているだろう。
さあさあ! お前たちも、つべこべ言わずにやつを引っ立てろ。おれはやつが言うことなんざ、知りたくもねえ。

アンチゴーヌ:
放して。きたならしい手を放すように言って。痛いわ。

衛兵:
きたならしい手だと。もう少し言い方もあろうもんだぜ、お嬢さん。おれはていねいにやってるんだ。

アンチゴーヌ:
私を放すように言って。私はエディップの娘、アンチゴーヌよ。逃げたりはしない。

衛兵:
エディップの娘だって!そうさ、夜の警備で捕まる売女もおんなじさ。やつらは警視総監のイロだって言うもんだ。

(衛兵たち笑う)

アンチゴーヌ:
こんなものに触られるなら、死んだ方がまし。

衛兵:
遺体に土に、触るのは怖くないのかい? おまえは『きたならしい手』と言ったぞ。少し自分の手を見てみろ。

(アンチゴーヌは少しほほ笑みながら、手錠に繋がれた自分の手を見つめる。その手は土まみれである)

衛兵:
お前のシャベルは取られたんじゃなかったか。二度目は自分の爪でやったのか? 何と大胆なやつだ! 一瞬おれは背を向けて、お前に噛みタバコをもらい、ほお張ってありがとうと言ったとき、やつはそこにいたんだ。ハイエナみたいに爪で引っ掻いていたんだ。この真っ昼間に! おれが捕まえようとしたとき、こいつははむかってきたんだ。
さあ見てくださいと言わんばかりだ! こいつは、最後までしなくちゃいけないって叫んでいた。・・・まったく、ばかなやつだ。

衛兵2:
おれは先だって、別なばかなやつを捕まえた。そいつは人にケツを見せるんだ。

衛兵:
なあブードゥース、これを祝って、三人みんなに大盤振る舞いになるぜ! どこにしようか。

衛兵2:
トルデュの店だ。あそこの赤ワインはいいぜ。

衛兵3:
あそこは日曜には、空き席がある。嫁さんを連れていくのはどうだい?

衛兵:
いや、おれたちだけにしようぜ。・・・嫁さんと一緒じゃ、いつも小言を聞かなきゃならんし、ガキどもはオシッコなんぞと言いだす。なあブードゥース、ついさっきまでは、こんなふうに笑い合うなんぞ、信じられなかったぜ。

衛兵2:
たぶん、おれたちに褒美をくださるぜ。

衛兵:
これが重大なことなら。

衛兵2:
第三部隊のフランシャールが先月、放火犯をつかまえたら、俸給を二倍頂戴したんだとよ。

衛兵3:
ああ、どうしょう。もし俸給を二倍頂戴したら、おれはトルデュの店に行く代わりに、アラブ館に行くのを提案しよう。

衛兵:
飲むためかい? ばかだなあ。アラブ館だと一瓶二倍の値段で売り付けられるぜ。乗るためだったらいい。よく聞け。まずトルデュへ行って、適当に飲んで、それからアラブ館へ行くんだ。なあブードゥース、アラブ館のボインを覚えているか。

衛兵2:
ああ、あの日はお前は堪能したなあ。

衛兵3:
けどもし俸給を二倍頂戴したら、嫁さんたちは知ってしまうぞ。そうなったらたぶん、公表されるだろう。

衛兵:
そのときは分かるさ。
もし兵舎の中庭で、勲章のときのような儀式があったら、嫁さんやガキたちも来ることになる。その時にはみんなでトルデュの店へ行こう。

衛兵2:
そのとおり、だけど前もって予約しなきゃならんな。

アンチゴーヌ:(小さな声で言う)
おねがい、少し座らせて。

衛兵:(少し考えて)
よし、座らせろ。だが逃がすなよ。

(クレオンが登場する。衛兵は話し続ける)

衛兵:
敬礼!

クレオン:(驚いて立ち止まる)
この娘を放せ。何としたことだ?

衛兵:
王さま。衛兵隊であります。仲間といっしょにまいりました。

クレオン:
だれが遺体を見張っているのか?

衛兵:
交代を呼びました。

クレオン:
わしはお前に遺体を見張れと言ったはずだ。何もしゃべるなと言ったはずだ。

衛兵:
何もしゃべってはおりません。しかしこいつを捕らえたので、来なければと考えたんであります。今度はクジを引いておりません。三人いっしょに来たのであります。

クレオン:(アンチゴーヌに向かって)
ばかな。どこで捕まったのだ?

衛兵:
遺体のそばであります。

クレオン:
お前の兄の遺体のそばで、何をしていたのだ? わしが遺体に近付くことを禁止しているのを知っているだろう。

衛兵:
こいつがやっていたことですか? そのためにこいつを捕らえて参ったのであります。手で土を引っ掻いていたんであります。こいつはもう一度、遺体を埋葬しようとしていたのであります。

クレオン:
お前が言おうとしていることが、どんなことかよくわかっているのか?

衛兵:
王様、他の者に聞いていただいてけっこうであります。自分の番になって遺体を掘り出したんであります。しかし照りつける太陽で、匂いがきつかったので、風上の遠からぬ高みに自分らは居たんであります。この真っ昼間にはだれも来ないだろうと、話し合っていたんであります。でももっとよく確かめるために、見張りの自分ら三人のうち一人がいつも近くにいることに決めたのです。しかし、真昼ごろ、太陽は真上からギラギラ照らし、下からの風が匂いを運んできて、こん棒で一撃くらったよう。自分は目を大きく見開いていました。景色はゆらゆらとゼラチンのようにゆらいで、それ以上見えません。自分は仲間のところへ行き、噛みタバコをまわしてもらって頬ばり、ありがとうと言って戻ってきたとき・・・こいつがそこに居て、手で土をかけていたのであります。この真っ昼間に! こいつは自分が見えないように、じっくり考えたにちがいありません。自分が走りよって捕まえようとするのを見て、こいつは手を止めて逃げようとしたと思われませんか? いいえ、ちがうんです。こいつは自分らが来ることなんざおかまいなく、全力で土をかけ続けてたんです。そして自分がこいつを捕まえると、『放して! 遺体はまだ完全に埋めもどされていない』と、叫ぶんです。

クレオン:(アンチゴーヌに)
これは本当か?

アンチゴーヌ:
ええ、本当よ。

衛兵:
遺体は法にのっとり、自分らがまた掘りだし、何も言わずに引き継いで、こいつを連行したのです。以上です。

クレオン:
ゆうべ、最初のもお前だったのか?

アンチゴーヌ:
ええ、そうよ。私だった。夏休みに浜辺で砂のお城を作るのに使った、ちっちゃな鉄のシャベルで。これはポリニスのだった。柄のところにナイフで名前が彫ってあったわ。それで彼のそばにこれを置いてきたの。けれど、あの人たちが取ってしまった。二回目には、自分の手でやり直さなければならなかった。

衛兵:
引っ掻いている小さなケモノがいると言われました。
最初のときと同じで、熱気で揺らめいて、仲間がいったのであります。
『いや違う、あれはケモノだ』と。自分は『ケモノにしてはか細すぎる。娘っこだ。』

クレオン:
もういい。まもなく報告させることになろう。しばらくは、この娘と二人にしてくれ。小姓よ、衛兵らを下らせよ。そしてわしがまたまみえるまで、秘密にさせるのだ。

衛兵:
もう一度手錠をしますか?

クレオン:
よい。

(衛兵たち小姓に導かれ退場。クレオンとアンチゴーヌは、二人だけで顔を見合わせる)

クレオン:
お前の計画をだれかに話したか?

アンチゴーヌ:
いいえ。

クレオン:
途中でだれかに出会ったか?

アンチゴーヌ:
いいえ誰も。

クレオン:
それは確かか?

アンチゴーヌ:
ええ。

クレオン:
では聞きなさい。お前は家へ戻って、具合が悪く、ゆうべからどこへも出なかったと言って寝ているのだ。乳母がお前のためにいいように言うだろう。
わしは、この三人を消す。

アンチゴーヌ:
なぜ? あなたは私がまた繰り返すことを知っているのに。

(沈黙。見つめ合う)

クレオン:
なぜお前は、兄を埋葬しようとするのだ?

アンチゴーヌ:
そうすべきだから。

クレオン:
それはわしが禁止している。

アンチゴーヌ:(穏やかに)
それでも私はそうしなければなりません。埋葬されない者は、永遠に休息の場を見つけられずに、さまようんです。もしお兄さまが生きていらっしゃって、長い狩りから疲れ果ててもどっておいでなら 、私はお兄さまの履物を脱がして上げ、お食事を用意して、ベッドを作ってさしあげるでしょう。・・・ポリニスは今日、狩りからもどってきた。私のお父さまとお母さまとそしてエテオクルも待っている家へ戻ってきた。
お兄さまには休息が必要なの。

クレオン:
あれは反逆者で裏切り者だ。それは知っているだろう。

アンチゴーヌ:
私のお兄さまです。

クレオン:
お前は街の辻々で、勅令が読み上げられるのを聞いただろう。あらゆる街の壁にはられた張り紙をよんだだろう。

アンチゴーヌ:
ええ。

クレオン:
ポリニスを埋葬しようとする者が、どうなるのか、お前は知っていただろう。

アンチゴーヌ:
ええ、知っているわ。

クレオン:
お前はたぶん、自分をエディップの娘、傲岸なエディップの娘だと信じていた。それで法を超越するには十分だったのだ。

アンチゴーヌ:
いいえ、私はそうは考えていなかった。

クレオン:
この法はまず、お前のためにあるのだ。アンチゴーヌ。この法はまず王の娘たちのためにつくられたのだ。

アンチゴーヌ:
勅令が読み上げられるのを聞いたとき、もし私が召し使いで、皿洗いをしている途中だったとしたら、濡れた手を拭って、エプロンを着けたままで、お兄さまを埋葬しに行ったことでしょう。

クレオン:
それは違う。もしお前が召し使いだったら、死ぬことを考えて、自分の家で兄のために泣いていたことだろう。ただお前は、王家の血筋で、わしの姪であり、わしの息子のいいなずけだと考え、結局わしがお前をあえて殺さないと考えただけなのだ。

アンチゴーヌ:
違う。逆にあなたが私を死刑にすることを確信していた。

クレオン:(彼女を見つめ、突然つぶやく)
傲岸のエディップ。お前は傲岸のエディップだ。そうだ、今わしはお前の目の底に、確かにそれを見いだす。わしが殺すと、お前は考えたに相違ない。お前には、この結末が当たり前だったのだ。傲岸のエディプ。お前の父親もだ。わしは幸福について言っているのではない。人間の不幸などは、あまりに小さくて問題にならんのだ。人間などというものは、お前たちの一族にとって、邪魔なのだ。お前たちは、死と運命とに向かい合っていなければならんのだ。自分の父親を殺し、母親と床を共にし、後にそれをすべて貪欲に一言一言飲み込むのだ。何という飲み物だ。お前たちを呪う言葉。
エディップあるいはアンチゴーヌと呼ばれるとき、何とうまそうに呪いの言葉を呑みこむことよ。
その後に、自らの目を潰し、子供をつれて街道で物乞いになる・・・
もうよい。テーベにとってその時代は過ぎ去った。テーベには今や、悶着のない王子が必要だ。ありがたいことに、わしはただのクレオンだ。わしは二本の足で立ち、二本の手はポケットに突っ込み、そしてわしは王なのだ。お前の父ほどの野心はもたず、この世の秩序に不条理ができるだけ少なくなるようにする、単にそれだけのことをしようと決心したのだ。これは、冒険でさえない。これはすべての仕事と同じで、日々そんなに変らぬ仕事なのだ。しかしわしはそれをするためにる以上、それはしなければならん・・・
もし明日、山奥からアカまみれの使者が降りてきて、わしの出生もまた確かでないとわしに告げたとしても、単に使者を元のところに帰らせ、お前の伯母さんをチラと見て、日々の仕事に戻るだけだ。王というものは、個人的な熱情から事をなすものではないのだ。わかったかね。
(アンチゴーヌに近寄り、腕をとる)
わしの言うことをよくきけ。お前はアンチゴーヌだ。エディップの娘だ。だがお前はまだ二十歳で、ついこの間まで堅いパンと往復の平手打ちで、みんな解決していた。
(クレオンはほほ笑みながら、アンチゴーヌを見る)
お前を殺すだって! お前は自分を見たことがないのか、まるでスズメだ。やせすぎている。エモンに丸々した赤ちゃんを生むために、もう少し太りなさい。テーベにとって、お前が死ぬより、そのほうが必要だ。すぐにお前の部屋に戻って、わしが言ったようにして、何もしゃべるな。他の者にも秘密を守らせる。さあ、行け。こんなことでわしを驚かせてくれるなよ。お前はわしを野蛮なやつだと思っているだろう。それは分かる。そしてわしが全くの俗人だと思っているに相違ない。そのやっかいな性格をもっていても、わしはお前を愛している。お前に最初に人形のプレゼントをやったのはわしだということを忘れるな。まだそれほど昔ではない。

(アンチゴーヌは答えない。出て行こうとする。王はそれを止める)

クレオン:
アンチゴーヌ! お前の部屋へ戻るのは、こちらの扉だ。そこから、どこへ行こうというのだ?

アンチゴーヌ:(止まり、穏やかにまじめに答える。)
あなたはよく知っているはず・・・

(沈黙。互いにさらに顔を見つめ合う)

クレオン:(独り言のようにつぶやく)
お前はどんなゲームをやっているのか?

アンチゴーヌ:
ゲームをしているのではない。

クレオン:
それじゃあ、もしこの三人以外の誰かが、お前のしようとしたことを知ったなら、わしがお前を殺さねばならなくなるのが分からないのか? もしお前が今黙れば、もしお前がこのばかげたことをあきらめるなら、わしにはお前を助けるチャンスがある。しかし、それも五分もたてばできなくなる。それが分からないのか?

アンチゴーヌ:
衛兵たちが見つけるまで、私はお兄さまを埋葬しに行かなければならない。

クレオン:
お前はこんなばかばかしいことを繰り返すのか?ポリニスの遺体の周りには、他の衛兵がいる。もしお前がまた埋葬できたとしても、やつらはまた遺体を掘り出すのだ。よく知っているだろう。一体お前は爪から血を流し、また捕まるより他に、何ができるというのだ?

アンチゴーヌ:
それ以外に何もないことはわかっている。けれど、私には少なくともそれはできる。人はできることはしなければいけない。

クレオン:
じゃあお前は、正式の埋葬というものを本当に信じているのか?
経文を唱えて少しの土を遺体の上に掛けないからといって、お前の兄の魂は永遠にさまようように呪われるものか? お前はもうテーベの僧侶たちが経文を唱えるのを聞いたことがあるか? くたびれた雇われ僧侶たちが、昼飯の前にもう一つ片付けようとして、仕草を短くして、文句を呑み込み、ぞんざいにしているのを見たことがないかね?

アンチゴーヌ:
ええ、見たことがあるわ。

クレオン:
それじゃあ、お前はもしそれが本当に愛するもので、この棺桶に横たわっていたなら、急に叫びたくなるってことを考えたことはないか? 黙れ、どっかへ行け、とやつらに叫びたいことはないか?

アンチゴーヌ:
ええ、私もそれを考えた。

クレオン:
そしてお前は今、死を賭けている。と言うのも、わしがお前の兄にこのとるに足らぬパスポートを拒否したからだ。遺体の上で早口でぶつぶつととなえ、お前も初めて恥ずかしくて気分が悪くなるようなパントマイムを拒否しただけなのだ。ばかばかしいことだ。

アンチゴーヌ:
ええ、ばかばかしいこと。

クレオン:
それじゃあ、なぜこんなまねをするんだ?
他人のためか? これを信じているもののためにか? わしに対してたてをつくためか?

アンチゴーヌ:
いいえ。

クレオン:
他人のためでなく、お前の兄のためでもない? ではだれのためなのだ?

アンチゴーヌ:
誰のためだもない。私のため。

クレオン:(黙って彼女を見つめる)
じゃあお前はそんなに死にたいのか? お前は捕えられた小さなケモノのようだ。

アンチゴーヌ:
私に同情しないで。私のようになさったら。あなたがしなければならないことをなさったら。けれどもし、あなたが人間的ならば、早くなさって。私は永遠の勇気はもってはいないから。ほんとうよ。

アンチゴーヌ:(近寄って)
わしはお前を助けたい。アンチゴーヌ。

アンチゴーヌ:
あなたは王。何でもできる。けれどこれについては、できない。

クレオン:
そう思っているのか?

アンチゴーヌ:
私を助けないで。私を束縛しないで。

クレオン:
傲岸な娘。小エディップめ!

アンチゴーヌ:
あなたはただ私を殺すことができるだけ。

クレオン:
もしお前を拷問にかれるとしたら?

アンチゴーヌ:
なぜ?私が泣くように? 私が許しを請うように? 私が人の望むように誓うために? そして結局私がまた始めるように?

クレオン:(腕をつかんで)
よく聞け。わしの役回りは悪い。それはわかっている。お前の役回りはよい。お前はそれを感じている。だがあまりそれを利用するもんじゃない。・・・
もしわしが普通の暴君だったなら、もうとっくにお前は舌を引き抜かれ、手足をもがれ、あるいは洞穴に放りこまれているところだ。だがお前はわしの目にためらいを見ている。お前はわしが衛兵を呼ばずに、勝手に話させているのを見ている。それでお前は軽蔑し、できる限り攻撃している。お前はどこへ行きたいのだ?

アンチゴーヌ:
放して。あなたの手が痛い。

クレオン:(もっと強くつかんで)
いや。わしはこんなふうに一番力が強いのだ。わしもそれを利用する。

アンチゴーヌ:(思わず叫ぶ)
痛い!

クレオン:(目が笑いながら)
結局たぶんこれが、わしのすべきことだろう。単純にお前の手首をひねり、遊びの中で娘たちにするように髪の毛を引っ張るのだ。
(アンチゴーヌをまたじっと見る。真剣になる。間近かで話しだす)
わしはお前のおじさんだ。だが一族のなかで互いに優しくはない。お前には奇妙でないかね。お前に嘲笑されている王。何でもできる老人、人を殺すのを見てきた老人、またお前と同じくらい感動屋の老人、ここでお前を殺させないように骨折っている老人を。奇妙だと思わないかね?

アンチゴーヌ:(間の後)
痛い。もっと痛くなった。腕がなくなっみたい。

クレオン:(アンチゴーヌを見つめ、すこし笑いながら放す。つぶやく)
今日わしがすべきことは他にもあるのだ。だがお前を助けるためにその時間を使っている。
(アンチゴーヌを部屋の中央のイスに腰掛けさせる。ベストを脱いで、ワイシャツの腕で重々しく力強く、アンチゴーヌに近付く)
失敗に終わった革命の翌日には、きっと棚の上にはパンがのっているものだ。だが緊急事態も待っている。わしは政治のいざこざでお前を死なせたくない。お前にはもっと価値がある。
お前のポリニス、さまよう魂と、衛兵に見張られ腐りつつある肉体と、お前を燃え立たせる悲壮な正義、こういったものは政治のいざこざにすぎない。
おまけにわしは気難しく、敏感な人間だ。わしは潔く清潔な人間がすきだ。太陽の下で腐って行く遺体を、わしが気にしてないとお前は思っているのか? 晩になって、海の風が吹いてくると、あの匂いはここの宮殿まで匂ってくる。これには胸がむかむかする。だがわしはそれでも窓を閉めはしない。言っておくが、これは下劣なことだ。途方もなくばかばかしいことだ。
だが、テーベ中がしばらくの間、この匂いをかいでいなければならんのだ。わしが、お前の兄を埋葬したらいいと思うだろう。衛生のためにもなるだろうと。
しかし、わしの治める愚かな民衆たちに分からせるためには、一月は、ポリニスの遺体の臭気を、街中に匂わせておかねばならん。

アンチゴーヌ:
あなたは醜いわ!

クレオン:
そのとおりだ。それが必要となる役目なのだ。議論できるのは、すべきことか、してはならぬことかだ。だがするとしたら、このようにしなければならない。

アンチゴーヌ:
なぜあなたはそうするの?

クレオン:
ある朝起きてみると、わしはテーベの王だった。わしが人生で権力より他のものを好んでいることは神が知っている。・・・

アンチゴーヌ:
それじゃあ『ノン』と言わなければいけない。

クレオン:
わしにはそれはできた。ただ、わしは急に仕事を拒否している労働者のように感じられた。それは正直には思えなかった。それでわしは『ウィ』と言ったのだ。

アンチゴーヌ:
ああ、お気の毒に。私は『ウィ』とは言わない。私にあなたの政治、あなたの必要、あなたのあわれなお話しをお聞かせになって、何がお望みなの?
私はいやなものすべてに自分で『ノン』と言える。あなたは、王冠をつけ、衛兵をもち、あらゆるぜいたくなものをもっているけれど、あなたのできることは、私を殺すことだけ。だってあなたは『ウィ』と言ったのですもの。

クレオン:
わしの言うことを聞け。

アンチゴーヌ:
私が聞きたくなければ、聞かないことはできる。あなたは『ウィ』と言ったのですから。私はあなたから教えられることはもう何もない。あなたはそこにいて、私の言葉をじっと聞いている。もしあなたが衛兵を呼ばないのなら、それは私の話しを終わりまで聞くため。

クレオン:
面白いことを言う。

アンチゴーヌ:
いいえ。あなたは私を恐れている。あなたが私を助けようするのは、そのせいなのだわ。この宮殿の中で、このあわれなアンチゴーヌを生かせて黙らせているのが一番都合がいいのでしょう。あなたは名君を演じたくてたまらない、それだけ。けれどあなたはすぐに私を殺す、それをあなたはわかっている。あなたが恐れているのはそのせい。恐れる男は醜いわ。

クレオン:(突然)
そうだ、お前があくまで実行するならお前を殺すことになるのを、わしは恐れている。わしはそうはしたくない。

アンチゴーヌ:
私はしたくないことを強制されたりしない。あなたもたぶん、お兄さまを葬ることを拒否したくはなかったのでしょ?そうでしょ。あなたが望んだことではないでしょ?

クレオン:
それはもう言った。

アンチゴーヌ:
それでもあなたはそうした。そして今、望まないのに私を殺させようとしている。こういうことだわ、王であるっていうことは!

クレオン:
そうだ、こういうことなのだ。

アンチゴーヌ:
かわいそうなクレオン。割れて土にまみれた爪と衛兵が腕に付けた青アザをもっているけれど、おなかをよじるような恐怖をもっているけれど、私は女王だわ。

クレオン:
だからわしを哀れんでくれ。わしの窓の下で腐っていくお前の兄の遺体。テーベを支配する秩序の代償としては十分だ。わしの息子はお前を愛している。お前まで犠牲にさせないでおくれ。わしはもう十分あがなった。

アンチゴーヌ:
いいえ。あなたは『ウィ』と言った。あなたは今あがなうことを止めるわけにはいかない。

クレオン:(アンチゴーヌをゆすり、彼女の向こうへ)
ああ、だが少しはお前も理解せい、ばかもの。わしはお前を理解しようとしてきた。それでも『ウィ』と言う人間はおらねばならんのだ。それでも船を操る人間がおらねばならんのだ。その船はいたるところ水浸しで、叫び声と愚かさと悲惨とにあふれている。・・・ぐらぐらする舵がある。船員は何もしようとしない。やつらは船倉から略奪することしか考えていない。士官たちはもう、具合のよいイカダを作り、飲み水を全部もちだして、逃げようとしている。そしてマストは折れ、風は吹き付け、帆は引き裂かれ、あらゆる凶暴なものが襲いかかる。というのもやつらは、自分のこと、自分の小さなことしか考えていないからだ。こんなとき人は上品に取り繕う時間があると思うか? 『ウィ』を言うか『ノン』と言うかを迷っているがあると思うか? 一日であまり高い買い物をしてはいけないか、まだ人間的であることができるか、といったことを迷っている時間があると思うか? 木の端にしがみつき、山のような波を前に頭を上げ、命令を叫び、最初に手に触れたものを取る。山のような中から。名前さえない。お前たちの甲板の上に襲いかかってきた波のようだ。風はお前の頬を打ち、落ちて来るものは名前もない。たぶんそれは前夜、お前に笑いながら火をくれたものだろう。その人ももう名前もない。そしてお前も、棒にしがみつきもう名前もない。名前をもっているのは、船と嵐だけだ。お前にはこれが理解できるか?

アンチゴーヌ:(頭を上げて)
私は理解したくない。あなたにはそれでいい。けれど、私は理解するためにここにいるのではない。私がここにいるのは、あなたに『ノン』と言い、そして死ぬためだわ。

クレオン:
『ノン』と言うのは簡単だ。

アンチゴーヌ:
いつも簡単、というわけではない。

クレオン:
『ウィ』と言うためには、汗をかき、肘まで袖をまくり上げ、腕いっぱいに人生をつかみ取らねばならん。
たとえ死なねばならぬとしても、『ノン』というのは簡単だ。何もしないで待っているだけだ。生きるために待つ、殺されるためにさえ待つ。これはあんまりに卑怯だ。これは人間の発明だ。お前は木々がまた樹液に対して『ノン』と言い、獣が狩りや愛の本能に『ノン』というような世界を想像しているのか? 獣は少なくとも、善良で単純で忍耐強い。やつらは押し合いへしあいしながら、勇ましく同じ道を進んで行く。そしてもし、倒れるものがあれば、他のものはその上をのりこえていく。道に迷って自分はそこで止まっても、子供たちがまた立ち上がり、同じ勇気をもって同じ道を進む。前を行くものと同じ道をだ。

アンチゴーヌ:
王にふさわしい、何という絵空事。獣ですって! さぞ単純なことでしょう。

(沈黙。クレオンは彼女を見つめる)

クレオン:
お前はわしを軽蔑しているだろう。
(彼女は答えない。クレオンは自分に言うように続ける) 
奇妙なことだ。わしはたびたび想像していた。わしを殺そうとする青白い顔をした若者と、この議論をしているのを。わしはその軽蔑から何も引き出すことはできないのだ。だがそれがお前とで、こんなバカげたことでとは、思ってもみなかった。・・・
(クレオンはアンチゴーヌの顔に手をやる。力が尽きたように見える) 
それでも最後にわしの話しを聞け。わしの役どころはよくない。しかしこれはわしの役目だ。わしはお前を殺させることになる。その前に、ただお前も、自分の役どころがこころからのものか確かめたい。お前はなぜ死のうとするのか知っているか、アンチゴーヌ? お前はどんな汚らわしい物語りの中で、自分の血塗られた名前を永遠に残そうとしているか、それを知っているのか?

アンチゴーヌ:
どんな物語り? 

クレオン:
お前の兄たち、エテオクルとポリニスの物語りだ。お前は知っていると思っているだろうが、実は知ってはいない。テーベ中でわしより他に知っているものはいない。しかし今朝、お前もその物語りを知る権利があると、わしには思える。
(しばらく考える。手で頭をかかえる。膝に肘をつく。つぶやきが聞こえてくる。)
聞けばわかるが、よい話しではない。
(アンチゴーヌを見ることなく、低く話しはじめる)
まずお前の兄たちについて、何を思い出すね? 確かにお前をばかにして、お前の人形をこわし、お前を悔しがらせるために、互いに内緒話しを永遠にささやき合う二人の遊び仲間。

アンチゴーヌ:
大きかったんですもの。・・・

クレオン:
それから、お前は兄たちの初めてのタバコや、初めての長いズボンを感嘆した。次にやつらは夜に出歩き、男の匂いを発散するようになった。そしてお前を全く振り返らなくなった。

アンチゴーヌ:
私はまだ子供だった・・・

クレオン:
お前はお母さんが泣いて、お父さんが怒っていたのをよく見ただろう。お前はやつらが帰って門が閉まる音や、廊下での笑い声を聞いただろう。やつらはお前のまえを、酒の匂いをプンプンさせ、無気力な冷笑家になって通過していった。

アンチゴーヌ:
一度、私は門の後ろに隠れていたことがあった。もう朝で私たちは起きたところ。そしてお兄さまが帰ってきた。ポリニスが私を見た。ポリニスはすっかり青ざめ、目はぎらぎら輝き、夜の衣装がとてもきれいだった。『なんだ、お前そこにいるのか?』そしてお兄さまは持ち帰った、紙の大きな花を私にくれた。

クレオン:
そしてお前はその花を取っておいたんじゃないかね。昨夜お前は行く前に、引き出しを開けて勇気を出すために、長いことそれを見ていたのではないか? 

アンチゴーヌ:(はっとして)
誰があなたにそれを言ったの?

クレオン:
かわいそうなアンチゴーヌ。コティヨンの花をもって。お前の兄は何者だったか、知っているか? 


アンチゴーヌ:
いずれにせよ、あなたはお兄さまを悪く言っていたことを知っている。

クレオン:
馬車で一番の速さをきそい、酒場で一番派手に金を使うだけの愚かな、冷血で残忍なやつだ。一度、わしが居合わせたとき、お前の父上はやつが賭博で負けてすった大金の肩代わりを断ったところだった。父上はすっかり青ざめ、きたない言葉を叫び、拳をあげた。

アンチゴーヌ:
うそだわ。

クレオン:
やつは父上の顔へ、凶暴な拳をみまった。見ていられなかった。父上はテーブルに腰をおろし、頭を抱えた。鼻から血を流し、泣いていた。そしてポリニスは部屋のすみでせせら笑いながら、タバコに火を点けた。

アンチゴーヌ:(今のことのように、懇願する)
うそだわ! 

クレオン:
思い出してごらん。お前は十二歳だった。お前たちは長い間やつの姿を見なかった。本当だろ? 

アンチゴーヌ:(低く)
ええ、そうだった。

クレオン:
それはこのケンカの後だった。お前の父上は、やつを裁判にかけたくなかった。やつは自分からアルゴスの軍隊に入った。 やつがアルゴスにいったとたん、お前の父上に対する暗殺計画がはじまった。死ぬことも、王権を放棄することも決断しないこの老人に対して。陰謀が次々に表われ、わしらが捕らえた暗殺者はいつも、最後にはやつから金を受け取っていることを白状した。おまけにやつだけではない。これはお前に知っておいてもらいたいことだ。それはこのドラマの舞台裏、お前が自分の役割を演じることに身をこがしているドラマの舞台裏、台所だ。わしは昨日エテオクルの盛大な葬儀を行った。エテオクルは今や、テーベの英雄で聖者だ。すべての国民が参列した。学校の生徒たちは、貯金箱のなかのコインを全部花輪のために使った。騙されて感動した老人たちは、声を震わせて、善き兄弟、エディップの息子の王子を誉め讃えた。わしもまた、演説を行った。テーベ中の祭司が総出であった。そして軍の勲章も。・・・それはどうでもよい。
わしが二つの陣営の中の放蕩者の贅沢に与することができなかったと、お前考えているだろう。
しかしわしはお前に言っておきたい。わしだけが知っていること、ぞっとするようなことを。徳の犠牲者であるエテオクルも、ポリニスと五十歩百歩なのだ。この、善き息子もお前の父上を暗殺しようとしていた。そしてテーベを一番高く買うところへ売ることを決めていた。そうだ、奇妙だとは思わないかね? ポリニスの遺体が太陽の下で腐りつつあるのは、この裏切りのためだ。同じ裏切りを、大理石の墓に眠るエテオクルも犯そうと着々と準備を進めていたことを、わしは今や証明したのだ。ポリニスが攻撃に成功しなかったのは、偶然にすぎない。市場の盗賊事件と同じだ。わしらをだますために互いにだまし合い、欲のために互いに差し違えて死んだ。
ただ単に、わしがこの二人のうちの一方を英雄にする必要があったというだけだ。だからわしは二人の遺体を探させた。二人は抱き合いながら死んでいた。こんなことはきっと人生で最初だったにちがいない。二人は互いに突き刺し合っていた。その上をアルゴスの騎馬攻撃隊が通過していっていた。二人はシチューの中のように見分けがつかなかったのだ、アンチゴーヌ。わしは二つの遺体のうち、損傷の少いほうを国葬のために拾わせ、もう一方をその場に打ち捨て、腐るに任せるように命じた。わしもどちらがどちらかは知らない。どちらでも同じことなのだよ。

(長い沈黙。二人は目をそらし、動かない。アンチゴーヌが静かに言う)

アンチゴーヌ:
なぜあなたは、私にこの話しをしたの? 

(クレオンは起き上がり、上着を置く)

クレオン:
こんなばかばかしい話しの中で、お前を死なせるままにしていいと思うかね? 

アンチゴーヌ:
たぶん。私はそう思ってた。

(さらに沈黙。クレオンはアンチゴーヌに近づく)

クレオン:
これからお前はどうするつもりだ?

アンチゴーヌ:(夢遊病者のように起き上がる)
私は、部屋に戻るわ。

クレオン:
あまり一人ではいるな。今朝はエモンに会いなさい。早く結婚するんだ。

アンチゴーヌ:(吐息をついて)
ええ。

クレオン:
お前には、人生が開けているんだ。わしらの議論は無駄だったな。お前はまだ、この宝をもっているのだ。

アンチゴーヌ:
ええ。

クレオン:
他のことを考えるな。お前は浪費しようとしていたのだ! わしはお前を理解している。わしが二十歳だったらお前と同じようにしただろう。わしがお前の言葉を聞いていたのもそのためだった。時間の底から、お前と同じにやせて青ざめた若いクレオンも、お前と同じように、やつにすべてを捧げようと考えたのを、聞いていたのだ。・・・早く結婚するんだ、アンチゴーヌ。そして幸せになるんだ。人生はお前が考えているようなものではない。人生は、若い者がそれと知らず、開いた手の指の間から流れさせてしまう水のようなものだ。手を閉じるんだ。一刻も早く指を閉じるんだ。人生を引き留めるんだ。人生は日なたに腰をかけて、少しずつかじるような、小さく堅くて単純なものになっていくのが、お前にもわかるようになるだろう。人はお前の力と勢いがほしいから、全く逆のことを言うだろう。人の言うことを聞くんじゃない。わしがエテオクルの墓の前でやることになっている演説を聞くんじゃない。そこで言うことは、真実ではない。人の言わないことにしか、真実はない・・・お前はこのことを知るのが少し遅かった。人生は愛する本だ、足にじゃれる子供だ、手になじんだ道具だ、家の前で晩に憩うベンチだ。お前はまだわしを軽蔑しているだろうが、このことに気づけば、これが年をとることのわずかな慰めだということが分かるだろう。人生はそれでもたぶん、幸福にほかならないだろう。

アンチゴーヌ:(視点のさだまらない目で、つぶやく)
幸福・・・

クレオン:(突然、すこし恥しさを感じて)
あわれな言葉かね?

アンチゴーヌ:
私の幸福はどんなでしょう? このアンチゴーヌはどんな幸福な女になるのでしょう? 毎日幸福の切れ端をかじるように手に入れなければならない。何てみじめなんでしょう。誰にウソをつき、誰に笑いかけ、誰に自分を売るのでしょう。誰に目を背けて見捨て、死なせなければならないんでしょう?

クレオン:(首をすくめ)
ばかな、黙るんだ。

アンチゴーヌ:
いいえ、黙らない! 私は幸福でいるために、何にしがみついているのか知りたい。すぐに、すぐに選らばなくてはならないから。あなたは人生が素晴らしいと言う。私は生きるために、何にしがみつくのかを知りたい。

クレオン:
お前はエモンを愛しているだろう? 

アンチゴーヌ:
ええ、エモンを愛しています。私はがまん強く若いエモンを愛しています。私と同じように、気難しく信頼できるエモンを愛しています。けれど、もしあなたの人生、あなたの幸福がエモンを摩滅させていくなら、もしエモンが私の青ざめたときにもっと青ざめるのでないなら、もし私が五分遅れたら死んだのではないかと心配しないなら、私が笑っている理由が分からないとき世界で独りぽっちと感じて私を憎らしく思わないなら、もし私のとなりにいてエモン氏になるのなら、またもし『ウィ』と言うことを覚えたなら、その時私はもうエモンを愛さない。

クレオン:
お前は自分の言っていることを分かっていないのだ。黙りなさい。

アンチゴーヌ:
いいえ。自分の言ったことは分かっている。私のいうことを聞こうとしないのはあなた。私は今あなたに、とても遠くから話している。あなたのシワや知恵やお腹をもっていたらもう入れない国から話している。
(笑う)
ああ!私が笑うのは、急に十五才のあなたを見たからよ。クレオン。何もできないのに、何でもできるという思いこむ十五才の子供のよう。人生はあなたに顔のシワとお腹の脂肪を付け加えただけ。

クレオン:アンチゴーヌを揺さぶり
黙らんか。

アンチゴーヌ:
なぜ私を黙らせたいの? 私が正しいってことをあなたは知っているから? あなたがそれを知ってるってことを、私があなたの目の中に読み取らないと思っているの? 私が正しいってことをあなたは知っている。けれど今あなたは自分の幸福を守ろうとしているから、そのことを絶対認めようとしないの。

クレオン:
お前の幸福に、わしの幸福。そうだ、ばかげている。

アンチゴーヌ:
あなたの幸福にはうんざり。
あなたの人生、何が何でも愛さなければならない人生。見つけたものは何でもなめ回す犬のよう。日々に満足するささいなよろこび。私はすべてを、今すぐにほしい。さもなければ、いらない。もっと賢ければ少しででも満足するでしょうが、私は謹みぶかくなんてなりたくない。
私は今日、すべてに確信をもちたい。小さかったころと同じくらい素晴らしいと確信をもちたい。さもなければ死んだほうがいい。

クレオン:
ああ、始まったぞ。お前の父親と同じだ。

アンチゴーヌ:
お父さまと同じですって!そうよ。私たちは疑問を徹底的に追求するの。生きる一番小さな希望も、圧殺するという一番小さな希望も、全く残らないところまでね。
私たちは、あなたがたの希望、あなたがたの大切な希望、あなたがたのけがらわしい希望に出会うとき、その上を跳び越えてしまう、そんな一族なんだわ! 

クレオン:
黙れ!
もし自分の言っている言葉を分かっているのなら、お前はひきょうだ。

アンチゴーヌ:
そう、私はひきょうよ。卑劣なことね。この叫び、この騒ぎぶり、このゴマメの歯ぎしり。
お父さまは最後になって、はじめて立派になられた。お父さまは最後に、自分が父親を殺し、母親と枕をともにしたことを確信したあとも、何もお父さまの救いにはならなかった。だから、お父さまは急に黙り、ほほ笑みさえうかべ、はじめて立派になられた。それが最期だった。お父さまはあなたたちを二度と見ないように、自ら目を潰された。ああ、あなたたちの頭、幸せになりたい人たちのあわれな頭を。ひきょうで、また一番立派なのはあなたたち。あなたたちは目や唇のまわりに、何かひきょうなものをもっている。あなたはさっきそれをうまく言ったわ。クレオン、あなたは料理番の頭をもっている。

クレオン:(腕をひねりあげ)
今黙れと命令したはずだ、聞こえないか。

アンチゴーヌ:
私に命令する? 料理番が? あなたは私に何かを命令できると思っているの?

クレオン:
控えの間には、人が大勢いる。お前は命を失いたいのか? お前の言うことは聞かれるぞ。

アンチゴーヌ:
ええいいわ、扉をあけて。そうすればみなが私の言うことを聞くわ。

クレオン:(力ずくで口を閉じさせようとする)
まだ言うつもりか?

アンチゴーヌ:(もがいて)
さあ早く、料理番! 衛兵をよびなさい!

(扉が開く。イスメーヌが登場する)

イスメーヌ:(叫んで)
アンチゴーヌ!

アンチゴーヌ:
あなたも何をお望みなの?

イスメーヌ:
アンチゴーヌ、ごめんなさい。私は来たわ、勇気をもって。私は今あなたと一緒に行く。

アンチゴーヌ:
私とどこへ行くの?

イスメーヌ:
もしあなたがたがアンチゴーヌを殺すなら、私も殺すのよ。

アンチゴーヌ:
ちがう。今でもないし、あなたでもない。私なの、私ひとりなの。
あなたは今私と死にに行くと思ってはいけない。それはあんまり簡単すぎる。

イスメーヌ:
もしあなたが死ぬのなら、私は生きていたくない。あなたなしには生きたくない。

アンチゴーヌ:
あなたは生きることを選び、私は死ぬことを選んだの。今はあなたの泣き言はよして。今朝まだ暗いうちに、あそこへ四つん這いで行かなければならなかった。衛兵たちがすぐ近くにいるなか、爪で土を引っ掻きに行き、泥棒のように衛兵たちに捕まえられなければならなかった。

イスメーヌ:
それじゃあ、私はあした行く。

アンチゴーヌ:
クレオン、聞いた?彼女もよ。私の言うことを聞いて、まだ他の人も行こうとするかも知れないのよ。
あなたは私を黙らせるために、何を待っているの、衛兵を呼ぶのに何を待っているの? さあ、クレオン、ちょっと勇気をだすだけ。ちょっとの間、いやな思いをするだけ。さあ料理番、必要なことだから!

クレオン:(突然叫ぶ)
衛兵!

(衛兵はすぐに現れる)

クレオン:
彼女を連れて行け。

アンチゴーヌ:(身が軽くなったように大きな声で)
やったわ、クレオン!

(衛兵たちは彼女に飛びかかり、連行する。イスメーヌはその後ろを泣きながら追っていく)

イスメーヌ:
アンチゴーヌ!アンチゴーヌ!

(クレオンは一人残る。コーラスが登場して、彼に近づく)

コーラス:
あなたはどうかしている、クレオン。どうされたのか?

クレオン:(真っすぐ遠くを見つめ)
アンチゴーヌは死なねばならん。

コーラス:
クレオン、アンチゴーヌを死なせてはなりません。我らはみな、この災いを幾世紀も担っていくことになります。

クレオン:
死にたいといったのは、あれだ。わしらは誰も、あれに生きようとさせることのできるほど強くはなかった。今わしには解る。アンチゴーヌは死ぬためにやったのだ。自分でもたぶん分かっていないだろうが、ポリニスは単に口実に過ぎなかったのだ。それをあきらめたとしても、すぐにまた新しいものを見つけだすのだ。あれにとって大事なことは、ノンということ、それに死ぬことなのだ。

コーラス:
彼女はまだ子供ですよ、クレオン。

クレオン:
あれのために、わしに何をせいと言うのだ。殺さず、生かせておくのか?

エモン:(叫びながら登場)
父上!

クレオン:(エモンに駆け寄り、抱く)
エモン、忘れろ。アンチゴーヌのことは忘れろ。

エモン:
父上、あなたはどうかしている。放してください。

クレオン:(もっと強く抱き締め)
わしはけんめいに助ようとしたのだ、エモン。誓って助ようとがんばった。あれはお前を愛してはいない。生きてはいられないだろう。あれは自分の狂気と死とを選んだのだ。

エモン:(クレオンから離れようとして、叫ぶ)
父上、彼女が捕らえられたのをご存じでしょう。衛兵に連れて行かせないでください。

クレオン:
あれは今、話してしまった。テーベ中があれのしたことを知ってしまった。わしはあれを、死刑にせねばならん。

エモン:(父の腕をふり放し)
放してください!

(沈黙。二人は向き合って、顔を見つめ合う。)

コーラス:(近付いて)
他のことを考えるわけにはいかないのですか。例えば気がふれたといって、彼女を幽閉するとか?

クレオン:
世間は、信じないだろう。息子の婚約者だから助けるのだと言うだろう。それはできない。

コーラス:
明日彼女を逃がすために、時間をかせぐことはできないのですか?

クレオン:
民衆は知ってしまった。あれが宮殿のまわりに叫んだのだ。それもできない。

エモン:
父上、民衆が何です。あなたは王なのに。

クレオン:
わしは法の前では王だ。だが、後ろではちがう。

エモン:
父上、僕はあなたの息子です。あなたは僕から彼女を奪うことはできません。

クレオン:
いや、エモンよ。息子よ。しっかりせよ。アンチゴーヌはもう生きてはいられない。アンチゴーヌはもう、われらから去ってしまったのだ。

エモン:
僕が彼女なしに生きていけるとお思いですか? 僕があなたがたの生活を受け入れられるとお思いですか? 一日中、朝から夜まで彼女はいない。そして彼女のいない、あなたがたのざわめきやおしゃべり、そしてぽっかりあいた空間。

クレオン:
エモン、受け入れねばならん。われらはだれにでも、多かれ少なかれ悲しく、多かれ少なかれ遠い日があるものだ。そこでは、大人になることをついには受け入れねばならん。お前にとって、それが今日だ。・・・さあお前の前にそれがきた。目のふちに涙があふれ、心臓が早なる。子供時代とは、これでお別れだ・・・
お前がここから身を離し、この敷居をすぐに越えれば、済んでしまうのだ。

エモン:(少し後ずさり、低く)
もう終わった。

クレオン:
エモン、わしをうらむなよ。お前もわしをうらむなよ。

エモン:(クレオンを見つめ、急に言う)
そのたくましい腕で私を抱き上げ、巨人や影から僕を守ってくれた、この大きな力、勇気、そして偉大な神。それはあなたでしたね。この禁じられた香り、ランプの下のおいしい食事、書斎で本をみせてくれたのはあなたでしたね。

クレオン:(控えめに)
そうだ、エモン。

エモン:
あらゆる世話、あらゆる自慢、英雄にみちた本、これはみんな、こういうことに行き着くためだったのですか? 大人であることに行き着き、あなたの言うように、とても幸福な生活に行き着くために?

クレオン:
そうだ、エモン。

エモン:(急に、子供のように叫び、クレオンの腕の中へ身をなげて)
父上、これはうそだ。これはあなたではない、これは今日ではない! 僕たち二人が、ただ『ウィ』と言わなければならないカベのもとにいるわけではない。あなたはまだ私が小さかったころのように力強い。ああ、お願いだ父上、まだあなたを尊敬させて。尊敬させて! あなたを尊敬できなければ、僕はあまりに孤独で、世界はあまりにむきだしだ。

クレオン:(エモンを離して)
人はみな孤独なのだ、エモン。世界はむきだしなのだ。そしてお前は、長くわしを尊敬し過ぎていた。今日は大人になる日なのだ。父の顔を正面から見るのだ。

エモン:(クレオンを見つめ、次に叫びながら後ずさる)
アンチゴーヌ! アンチゴーヌ! 助て!

(走って退場する)

コーラス:(クレオンに進みよる)
クレオン、彼は気がふれたように出ていきました。

クレオン:(遠くから見つめ、コーラスの真ん前で、動かず)
そうだ。かわいそうな息子。あれを愛しているんだ。

コーラス:
クレオン、何かしなければ。

クレオン:
わしにはもう何もできん。

コーラス:
エモンは、死にとりつかれて、出て行きました。

クレオン:急に
そうだ、わしらはみんな死にとりつかれているのだ。

(アンチゴーヌが衛兵に押されて、部屋に入ってくる。衛兵は門にしっかりもたれ掛かり、その後ろにはる民衆がさわぎたてている)

衛兵:
王様、やつらは宮殿に押し寄せています。

アンチゴーヌ:
クレオン、私はもうあの人たちの顔を見たくない。あの人たちの叫び声を聞きたくない。もう誰にも会いたくない! あなたは今私を殺すだけで十分。もう私が死ぬまで誰も見なくてすむようにして。

クレオン:(衛兵に叫びながら出て行く)
門の衛兵! わしは出て行くぞ!  お前はアンチゴーヌを見張れ。

(他の二人の衛兵は退場し、続いてコーラスも退場。アンチゴーヌは第一の衛兵と残される。アンチゴーヌは衛兵を見る)

アンチゴーヌ:(不意に)
それじゃあ、お前なのね?

衛兵:
俺かい?

アンチゴーヌ:
私が最後に見る人の顔は。

衛兵:
そうなのかね。

アンチゴーヌ:
私はお前を見る・・・

衛兵:(遠ざかる。困惑して)
もういい。

アンチゴーヌ:
さっき、私を捕まえたのはお前?

衛兵:
そうさ、俺さ。

アンチゴーヌ:
痛かったわ。痛くする必要なんてなかったのに。私が逃げ出しそうに見えた?

衛兵:
もういい。つべこべ言うな。

もしあんたでなけりゃ、俺が引っ張られることになるだろうからな。

アンチゴーヌ:
あなたはいくつなの?

衛兵:
三十九さ。

アンチゴーヌ:
子供をもってるの?

衛兵:
うん、二人。

アンチゴーヌ:
子供を愛してる?

衛兵:
それはあんたに関係ないことだ。

(衛兵は、部屋の中を歩き回る。しばらくの間、その足音だけが聞こえる)

アンチゴーヌ:(控えめに聞く)
衛兵になって長いの?

衛兵:
戦争の後からだ。俺は軍曹だった。俺は二度目の応召なんだ。

アンチゴーヌ:
衛兵になるには軍曹でなければならないの?

衛兵:
原則的にはそうだ。軍曹かそれとも特殊部隊にいたかだ。衛兵になると、軍曹の階級はなくなるんだ。例えば、俺が新兵に出会っても、やつは俺に敬礼しなくていいんだ。

アンチゴーヌ:
そうなの。

衛兵:
そうなんだ。普通は新兵は敬礼する。新兵は衛兵が上官だということを知っている。
俸給の問題だが、普通衛兵は特殊部隊と同じ俸給をもらうんだ。六カ月すると特別手当の名目で、軍曹の俸給に並ぶように追加支給がある。ただ衛兵として、他の役得がある。住宅と暖房と給与だ。最終的には、結婚して二人の子供のいる衛兵は、現役の軍曹のものよりも多くなるんだ。

アンチゴーヌ:
そうなの。

衛兵:
そうだ。それで衛兵と軍曹とが対抗しているのがわかったろう。たぶんあんたも軍曹が衛兵を侮りたがるのに気がついただろう。やつらの最大の関心事は昇級なんだ。ある意味でこれは正しい。衛兵の昇級は軍隊の中でもっと遅くて難しいもんなんだ。だが衛兵の隊長は曹長とは別ものだってことを忘れないでほしいね。

アンチゴーヌ:(唐突に)
聞いて・・・

衛兵:
何だい。

アンチゴーヌ:
私はもうすぐ死ぬわ。

(衛兵は答えない。沈黙。衛兵、歩き回る。とうとう答える)

衛兵:
もう一方で、衛兵のほうが現役の軍曹より敬意を払われるんだ。衛兵は一人の兵士だが、これはほとんど役人なんだ。

アンチゴーヌ:
人が死ぬときは、痛いと思う?

衛兵:
それは言えないよ。戦争中、腹を刺されたやつは痛がってた。俺は負傷しなかったからなあ。ある意味で、それが俺の昇級の妨げになっている。

アンチゴーヌ:
私はどんな方法で殺されるのかしら?

衛兵:
知らんよ。あんたの血でこの街を汚さないように、穴ぐらに閉じ込めるんだと、たしか聞いたことがある。

アンチゴーヌ:
生きたままで?

衛兵:
無論そうだ。

(沈黙。衛兵はかみタバコをかむ)

アンチゴーヌ:
ああ、お墓が婚礼の床とは! 地の底の新居とは!・・・
(彼女は飾りのない大きな部屋の真ん中でポツンと一人。寒いようす。腕を身体にまわして)
独りぽっち。・・・

衛兵:(かみタバコをやめて)
街の門にある、アデーの洞窟だ。日ががんがん照る。見張りをするものとっては、大変な仕事だ。まず武装の問題があるだろう。だが、最新の知らせでは、詰めるのはまた衛兵らしい。衛兵は甘んじて受けるんだ! 衛兵と現役の軍曹が反目していると聞いた後では、びっくりするかい?・・・

アンチゴーヌ:(つぶやく。急に疲れて)
二匹のケモノ・・・

衛兵:
何? 二匹のケモノ? 

アンチゴーヌ:
二匹のケモノも暖め合うために、身体を寄せ合うのに、私は独りぼっち。

衛兵:
もしあんたが何か必要なら、それは別だ。俺は呼ぶことができる。

アンチゴーヌ:
いいえ。ただ私が死んだとき、手紙を手渡してほしいだけ。

衛兵:
手紙だって? 

アンチゴーヌ:
私がこれから書く手紙。

衛兵:
ああ、それはだめだ。手紙だって! 冗談じゃない。そんな小さなことで、危険を犯すことはできない。

アンチゴーヌ:
引き受けてくれるなら、この指輪を上げる。

衛兵:
金でできたやつかね?

アンチゴーヌ:
そうよ。金だわ。

衛兵:
調べられたら、軍法会議いきだ。わかるだろ。あんたにとっちゃあどっちでもおんなじだろうがね。
(まだその指輪を見つめている)
俺のできることは、お望みなら、あんたが言いたいことを俺の手帳に書き取っておくことくらいだ。あとでページをやぶくんだ。俺の書いたものなら、大丈夫だろう。

アンチゴーヌ:(目を閉じて、口をゆがめつぶやく)
あなたの書いたもの・・・
(小さく身震いする)
醜くすぎる。すべてが醜くすぎる。

衛兵:(じれて、その指輪を返すそぶりをして)
あんたがいやなら、やめておくぜ。

アンチゴーヌ:
いいえ。指輪はとっておいて。そして書いてちょうだい。けど急いで。・・・もう時間がないから・・・書いて。『愛する人。』

衛兵:(手帳をとって、エンピツをなめる)
これゃあ、あんたのいい人なのかい? 

アンチゴーヌ:
愛する人。私は死ぬことを望んでいた。そしてあなたはたぶん、私をもう愛さないでしょう。

衛兵:(書きながら、太い声でゆっくり繰り返す)
『愛する人。私は死ぬことを望んでいた。そしてあなたはたぶん、私をもう愛さないでしょう。』

アンチゴーヌ:
そしてクレオンは正しかった。今この人のそばにいるのは恐ろしい。私は自分がなぜ死ぬのか分からなくなった。怖いわ。・・・

衛兵:(辛うじて、書き取り)
『クレオンは正しかった。今・・・』

アンチゴーヌ:
ああ、エモン。私たちのぼうや。私はたった今分かった。あのころ生きることがどんなに単純だったか。・・・

衛兵:(止まって)
ちょっと待て。あんたは速すぎる。どれほど俺に書かせたいのかね?もっと時間がいるよ。・・・

アンチゴーヌ:
どこで終わったの? 

衛兵:(読み直す)
『今この人のそばにいるのは恐ろしい。・・・』

アンチゴーヌ:
私は自分がなぜ死ぬのか分からなくなった。

衛兵:(エンピツをなめながら、書く)
『私は自分がなぜ死ぬのか分からなくなった。』人は自分がなぜ死ぬの分からんもんだ。

アンチゴーヌ:(続ける)
怖いわ。・・・
(止まる。急に立ち上がる)
いいえ、みんな消して。誰にもこれを知らせないほうがいい。これは、私が死んだとき、みんなが裸かの私を見て私に触れるのに似ている。ただこう言いましょう。『ごめんなさい』

衛兵:
じゃあ、俺は最後を消して、その場所に『ごめんなさい』を入れたらいいのかい? 

アンチゴーヌ:
そうよ。ごめんなさい、愛する人。ちっちゃなアンチゴーヌがいないと、みな平穏でしょうね。私はあなたを愛している。・・・

衛兵:
『ちっちゃなアンチゴーヌがいないと、みな平穏でしょうね。私はあなたを愛している。・・・』これで全部かい? 

アンチゴーヌ:
ええ。これで全部。

衛兵:
奇妙な手紙だ。

アンチゴーヌ:
そう。奇妙な手紙。

衛兵:
いったい、誰に当てたもんだね?

(この時、扉が開く。他の衛兵たちが現れる。アンチゴーヌは起き上がり、彼らを見る。後ろに立っている始めの衛兵を見る。彼は指輪をポケットに入れ、手帳を片付けて素知らぬ振りをしている。・・・彼はアンチゴーヌの眼差しを見る。とりつくろうように大声で言う)

衛兵:
さあ、つべこべ言うな!

(アンチゴーヌは少し笑みを見せる。頭をたれる。他の衛兵のほうへ黙って向かう。一同退場)

コーラス:(突然登場して)
さあ、アンチゴーヌについては、これでおしまいです。次はクレオンの番です。すべてに結末が必要なのです。

使者:(叫びながら侵入してくる)
王妃さまは? 王妃さまはどこです?

コーラス:
王妃さまに何の御用だ? 何を知らせようというのだ?

使者:
恐ろしい知らせです。アンチゴーヌは洞穴へ投げ込まれました。まだ最後の石が投げ込まれる前でした。クレオンと取り巻きたちが突然、墓穴からうめき声を聞いたのです。誰もが静まり、聞き耳を立てたのです。と言うのも、それはアンチゴーヌの声ではなかったから。それは洞穴の底からの新しいうめき声です。・・・みんながクレオンを見ました。そしてクレオンは最初に見抜いてしまったのです。突然、気がふれたように『石を取り出せ!石を取り出せ!』と叫びました。奴隷たちが山と積まれた石に取り付き、彼らに交じって、王も大汗をかき、手からは血を流していました。とうとう石が動かされ、一番やせた者が隙間から中へすべり込みました。アンチゴーヌは墓穴の奥で、ベルトの紐で首を吊っていました。青や緑や赤色の紐で。まるで子供の首飾りのようです。そしてエモンは膝をついてアンチゴーヌを腕に抱き締め、うめき声をあげています。顔をアンチゴーヌの服にうずめて。石をさらにどけて、クレオンがついに降りることができました。穴の奥の暗闇に、彼の白髪が見えました。クレオンはエモンを起き上がらそうとしますが、エモンは聞こうとしません。と突然、彼は立ち上がります。瞳は黒く、かつてのような幼さは全くありません。しばらく何も言わずじっと父親を見て、とっさに顔につばをはき、剣を抜きます。クレオンは入り口の方へ身を引きました。するとエモンは重い軽蔑を込めた子供の目で、クレオンをにらむと、クレオンはかみそりのような眼差しを避けることはできません。エモンは洞穴の端で震えている老人を見つめ、何も言わず自分の腹に剣を突き刺し、アンチゴーヌにもたれ掛かります。大きな血だまりの中でアンチゴーヌを抱いたのです。

クレオン:(小姓を連れて登場)
わしはとうとう、あの二人を一緒に寝かしたことだ。二人は今はもう、きれいになり休んでいる。二人はただちょっと青白いだけ。だがあまりにおとなしい。明日初夜を迎える二人。だが終わってしまった。

コーラス:
あなたは終わってはいませんぜ。まだ知らせなきゃいけないことは残っています。王妃のユーリディスが・・・

クレオン:
庭のこと、ジャムのこと、編み物のこと、貧しい者たちの永遠の編み物のこと。貧しい者たちに永遠に編み物がいるのは、不思議なことだ。やつらには編み物は必要ないらしいが・・・

コーラス:
テーベの貧しい者たちは、この冬は寒いでしょう、クレオン。息子が死んだとを聞いて、王妃はかしこくも、一列を編み終えて、いつものように編み針を置いたのです。いつもより少し静かに。次に自分の部屋、ラベンダーの香りがして、縁取られた小さなナプキンがあり、ビロードの額縁のかかる自分の部屋を横切り、そして自らノドを切られたのです。王妃は今、旧式の小さな対のベッドの上に横たわっておられます。あなたがある晩、同じほほ笑みとかすかな悲しみをもった若い娘を見たその同じ場所で。もし首のまわりの線をなす大きな赤い染みがなかったら、眠っていると見えるでしょう。

クレオン:
あれもか。みんな眠ってしまった。もういい。この一日はきつかった。
(間。唐突に) 
眠るのもいいだろう。

コーラス:
クレオン、あなたは今はもう、独りぽっちになってしまった。

クレオン:
そうだ。独りぽっちだ。
(間。小姓の肩に手を置く) 
おまえ。・・・

小姓:
はい。

クレオン:
お前に教えてやろう。他の者は知らぬことだ。わしは自分の仕事を前にして、だがまだ自分の腕を信じることができない。人はいやしい仕事だと言っているらしいが、自分がやらねば、これを誰がやるというのだ。

小姓:
知りません。

クレオン:
確かに、お前は知らぬ。お前にはそのチャンスはあったのだ。あるべきなのは、決して知らぬことだ。お前は早く大きくなりたいか?

小姓:
はい!

クレオン:
ばかなやつだ。決して大きくなってはならんのだ。
(遠くで時の鐘がなる。つぶやく)
五時か。今日は五時に何があった?

小姓:
会議です。

クレオン:
会議があるのなら、それに行こう。

(二人は退場する。クレオンは小姓にもたれかかる)

コーラス:(進み出る)
さてさて。ちっちゃなアンチゴーヌがいなかったら、みんな平穏だったのは確かです。しかし今、終わってしまいました。みなも同じように静かです。死ぬべき人々はみな、死にました。一つのことを信じた人々、反対のことを信じた人々。何も信じなかった人々も、何も分からないまま物語りに巻き込まれてしまった人々さえも。みな同じ死。硬直して、無益で、そして腐っていく死。生き残った人々はゆっくりと死者を忘れはじめ、その名前を混同しはじめる。終わりなのです。アンチゴーヌは今、穏やかで、けしてどんな熱にとりつかれていたのかを私たちは知ることはないでしょう。その務めは彼女とともに去ったのです。大きな静寂がテーベを包み、クレオンが死を待つこととなる空虚な宮殿を包みます。

(コーラスがしゃべっている間、衛兵たちが入ってくる。彼らはベンチにすわり、赤ワインの瓶をわきに置き、帽子をあみだにかぶり、トランプをやり始める)

コーラス:
もう衛兵しかいません。彼らにとって、これまでのことはどうでもいいのです。それは彼らの問題ではないのです。
彼らはトランプを続けます・・・

(衛兵たちが、切り札を出して盛り上がっている中、幕が速やかに降りる)

《終わり》



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