アヌイ「アンチゴーヌ」(*) 
訳・石川 吾郎

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登場人物
・アンチゴーヌ:エディップの娘
・クレオン:テーベの王
・エモン:クレオンの息子
・イスメーヌ:エディップの娘(アンチゴーヌの姉)
・コーラス
・乳母
・使者
・衛兵
・口上役

舞台
これといった特徴のない装飾。同じような三つの扉。幕が上がると、登場人物が勢揃いしている。あるものはおしゃべりし、あるものは編み物をし、またあるものはカードに興じている。
口上役が前に進みでる。

口上役:
 さてさて、この人物たちがこれから、アンチゴーヌの物語りを皆さんに演じてごらんにいれます。アンチゴーヌ。それはそこに黙って座っている小さな娘です。真っすぐ前を見つめています。考えているのです。自分はまもなくアンチゴーヌになるのだと。アンチゴーヌは黒髪の内気で愛想のない痩せた娘です。家族のなかでもだれも真剣に相手にされないのですが、王のクレオンに対して、世界に対して一人で立ち向かうのです。娘はアンチゴーヌが死んでいくこと、また若いこと、そして彼女とて生きるのがとても好きだろうということを考えています。しかし、なすべきことは何もありません。娘はアンチゴーヌと呼ばれ、自分の役目を最後まで演じなければなりません。・・・
 幕が上がると、アンチゴーヌは目のくらむような早さで、若い男とおしゃべりしている姉のイスメーヌから遠ざかっていくように感じます。そして平穏にこうして彼女を眺めている我々すべてから、今晩死ぬことのない我々すべてから遠ざかっていくように感じています。
 金髪で美しく幸福そうなイスメーヌと話しをしている若者はエモンです。アンチゴーヌのフィアンセです。すべてのことが彼をイスメーヌの方へなびかせていました。ダンスと遊び好き趣味、幸福と成功を願うこころ、また彼女の色気も。というのは、イスメーヌはアンチゴーヌより数段美しいからです。ある晩、ある舞踏会の晩、彼はイスメーヌとばかり踊っていました。イスメーヌは新しいドレスに包まれ輝いていました。その晩、彼はアンチゴーヌが片隅で、今のように黙って膝を抱いてじっと考えているのを見つけ、結婚を申し込んだのでした。
 なぜ彼がそうしたのかは、だれも理解できませんでした。アンチゴーヌは、驚きもしないで真剣な目で彼の方を見上げ、悲しそうなほほ笑みを浮かべ、『はい』と答えたのでした。・・・
 楽団が突然新しい曲を演奏しはじめます。あちらではイスメーヌは他の若者たちの中で、弾けるように笑っています。そしてこちらでは、今や彼はアンチゴーヌの夫になろうとしていたのです。彼はこの世の中で、アンチゴーヌの夫というものが決して存在できないこと、この称号が彼に与えるのは、ただ死だけなのだということを知りませんでした。
 小姓を従えて、そこで瞑想している白髪のたくましい男は、クレオンです。王です。顔には皺を刻み、疲れています。人を導くという困難な役割を演じています。以前エディップの時代、彼がまだ宮廷の主役ではなかったころ、音楽を愛し、美しい装丁の本を愛し、テーベの骨董屋をひやかすことを愛していました。しかしエディップとその息子たちは死にました。彼は本や好きなものを措き、腕まくりをし、王の地位に就きました。ときどき疲れはてた晩、人を導くということは空しいことではないかと自問します。もしこれが他人に任せるべき卑しい役目でなかったら、もっと粗野なものでなかったら、・・・
 しかし朝になると、差し迫った問題が目の前に置かれ、それを解決しなければならない。彼は静かに、一日の始まりの労働者のように立ち上がります。
 二人の娘を育てた乳母のそばで、編み物をしている年老いたご婦人は、クレオンの妃のユーリディスです。彼女はこの悲劇の間中編み物を続け、自分の番が巡ってきたときには起き上がって、そして死ぬのです。彼女は善良で威厳があり、情け深い方です。彼女はクレオンにとって何の助けにもなりません。クレオンは孤独です。小姓は傍らに控えてはいますが、まだあまりに幼く、クレオンのためには何もできません。
 その奥の壁で孤独に考えにふけっている青ざめた青年は、使者です。まもなくエモンの死を伝えにくるのです。他の人々に交じっておしゃべりをしようとしないのは、そのためなのです。彼は既に知っている・・・
 カード遊びにふけり、帽子をあみだにかぶっている三人の赤ら顔の男たちは、衛兵です。彼らは悪い連中ではなく、妻や子供をもち、人並にあれやこれやのささいなことに頭を悩ませています。しかし彼らは間もなく、いとも平静に罪人たちを捕らえて見せることになります。彼らはニンニクと革と赤ワイン酒の匂いを発散させ、想像力をもちあわせていません。彼らは、いつも無垢でいつも自分に満足している、正義の補佐役なのです。しばらくの間、正式に位についたテーベの新しい王が命令を下すまでは、さしあたってクレオンの正義の補佐役なのです。
これで、皆さんにすべての登場人物をご紹介しましたので、物語りにとりかかることができます。
 物語りは、一年交替でテーベを治めることにしたエディップの二人の息子エテオクルとポリニスが、城壁の元で闘い殺し合ったところから始まります。統治の一年目であった兄のエテオクルは、弟に王の位を譲るのを拒否したのでした。
ポリニスが味方につけた七人の異国の王子たちはテーベの七つの門の前で討たれました。今や国は救われ、敵対した二人の兄弟はともに死に、王であるクレオンの命で、善玉エテオクルは、鄭重な葬儀にふされ、反逆者であり、ごろつきの悪玉ポリニスには、泣くことも埋葬することも禁じられ、カラスと山犬の餌食とされた。ポリニスをあえて葬儀に付そうとする者は誰であろうが、死刑に処せられるという布令も出されました。

---口上役が語っている間、登場人物たちは一人また一人と退場している。口上役もまた姿を消す。舞台の照明が変わっている。
 灰色で蒼白な夜明け。館の中は眠っている。扉が半開きになり、アンチゴーヌが入ってくる。素足の忍び足。手にはサンダル。一瞬立ち止まり耳をすます。乳母が表われる。

乳母:
どこへ行ってらしたの?

アンチゴーヌ:
散歩よ。すてきだった。みんな灰色なの。今はもうみんなバラ色や黄色や緑になってる。まるで絵葉書ってとこ。色のない世界を見たいなら、もっと早起きしなくちゃ。
(そのまま行こうとする)

乳母:
私はまだ暗いころに起きて、あなたの部屋へまいりました。お眠りの間にふとんをはいではいないかと。ところがお床は空っぽ。

アンチゴーヌ:
庭はまだ眠っていた。私が起こしたのよ。庭が気づかないうちに、私は見たの。人間のことをまだ考えていない庭はすてき。

乳母:
あなたは出かけていた。私は奥の扉にいました。あなたはそれを少し開けたままにしていた。

アンチゴーヌ:
野原はみんな湿ってた。待っていたの。みんな待っていた。私一人が道々大きな音をたてていた。待たれていたのは私でないと分かっていたので、私は遠慮したの。それでサンダルを脱いで、野原が気づかないようにそっと出たの。

乳母:
お床に戻る前に、足を洗わなくては。

アンチゴーヌ;
今朝はもう寝ないわ。

乳母:
四時だったのですよ。朝の四時。私はあなたがふとんをはいでないか見に参ったときには、お床はもうもぬけの空。

アンチゴーヌ:
毎朝こんなふうに早く起きて、朝一番に外に出る娘になるって、すてきなことだと思わない?

乳母:
夜ですよ。まだ夜でした。あなたは散歩でもしていたとおっしゃりたいの。この嘘つきさん。どこにいらしたんですの?

アンチゴーヌ:(不思議な笑みをうかべて)
確かに、まだ夜だった。もう朝だと考えているのは、野原のなかには私っきりいなかった。素晴らしいこと。私は今日初めて夜明けを信じたの。

乳母:
たわけたことをおっしゃい。分かっていますよ。私にも娘時代はありましたからね。でも、あなたのように都合よくはなかったし、悪知恵もはたらかなかったですがね。どこにいらっしたの、この悪い子は。

アンチゴーヌ:(突然、真剣になって)
いいえ。悪い子じゃない。

乳母:
逢い引きをしてたのでしょ。きっとそうでしょ。

アンチゴーヌ:(おだやかに)
そうなの。逢い引きをしてきたの。

乳母:
恋人がおいでなの?

アンチゴーヌ:(間があり、不思議そうに)
そう、そうなの。恋人がいるの。

乳母:(どっと)
まあ、すばらしい。結構なこと! 王様の娘のあなたが。苦労をおかけなさい。育てる方に苦労をかけたがいいわ!娘っ子というのはみんな同じだこと! でもあなただけは他の娘とは違っていた。四六時中鏡の前でおめかししたり、ルージュをぬったり、自分に見とれてくれる男の人を探したりはしなかった。
私はよく独りなげいたもんです。「ああこの子ったら、何てしゃれっ気がないんでしょう! いつも同じ服で、身繕いもしないで。男の子たちはイヤリングやリボンで飾ったイスメーヌの方しか見ようとしない。この子をいつまでも私のそばから連れていかない」ってね。
 それなのに、あなたはお姉様とおんなじ。もっと悪いことに猫っかぶり。だれなんですの。きっと不良じゃないんですの? ご家族に「これが私の愛する人。結婚する人です」って、言えない人でしょ。そんなことでなんでしょ? さあ白状なさい、この嘘つきさん。

アンチゴーヌ:(まだわずかなほほ笑みを浮かべて)
そうよ、ばあや。

乳母:
まあ、そうよ、だって。ああ神様! わたしゃこの子をまだねんねだって思ってた。お気の毒な母上さまに、この子を正直な娘にしますって約束させていただいたのに、この始末。だけど思いどおりには運ばないものですよ、お嬢さま。
 乳母だからって、そんなふうにばかになさる。まあいいでしょう。だけどクレオンおじさまはお知りになりますよ。きっとですよ。

アンチゴーヌ:(急に、少し疲れて)
そうよ、クレオンおじさまはお知りになるでしょう。今は放っておいて。

乳母:
あなたが夜中に抜け出したことをお知りになったら、クレオンおじさまが何とおっしゃるか、今にわかるでしょう。許婚のエモンさまは? 婚約しているというのに! 婚約しているのに、お嬢さまは朝の四時、ベッドを抜け出して他の男と歩きまわっている。なのにあなたは放っておいてですって。それは何も答えないのとおんなじ。私が何をしなけりゃいけないかは、ご存じですね。小さいときのように、おしおきですよ。

アンチゴーヌ:
ばあや、あまり大きな声をださないで。今朝はあまり意地悪にならないで。

乳母:
大声を出すな、おまけに私は大声をだしてはいけないですって! あなたの母上さまと約束したのは、この私だったのですよ。母上さまがここにいらしたら、私にどうおっしゃるでことしょう。
「おばかさん。私のいとしい子の純潔を守れなかった。一日中大声を出し、番犬の役目を果たし、風邪をひかさないようにケットをもってくるんだり、強くなるように卵ミルクをあげたりしなきゃいけないのに。なのに朝の四時、お前は寝ていた。目を閉じてはいけないのに、あの子を逃がした。そしてお前が部屋に行ったときにはベッドは冷たかった!」って母上さまはきっとおっしゃいます。お伝えいたしましたら、私は死ぬほどお恥ずかしくて、頭を下げて「ジョカストさま、その通りでごさいます」って返事をするしかないのです。

アンチゴーヌ:
ばあや、ちがうわ。もう泣かないで。もしあなたがお母様におめにかかっても、真っすぐお母様の顔を見つめることができる。
「ごきげんよう、乳母や。私のアンチゴーヌのことをありがとう。お前は、よくあの子の世話をしてくれたわね」って言ってくださるはず。
お母様は、私が今朝なぜ出て行ったのかご存じなの。

乳母:
いい人がいるんじゃないんですか?

アンチゴーヌ:
ちがうわ、ばあや。

乳母:
それじゃあ、私は騙されていたんですか。この年寄りを。あなたはいたずら娘でいらっしたが、私のお気に入りだったのですよ。お姉様はもっとお優しかったけれど、私を愛していただいたのはあなただと、私は信じていました。もし私を愛していらしたなら、本当のことを話してください。私がお床を直しに参ったとき、なぜあなたのお床は冷たかったのです?

アンチゴーヌ:
もう泣かないで、お願い。(乳母を抱き締める)私の赤いリンゴさん。あなたが光るように、私が磨いたことを覚えていて? 私のなつかしいリンゴはすっかりしわが寄ってしまった。こんなお馬鹿さんのために、小さなシワに涙を流してはいけないわ。私は純潔よ。私にはエモンより他にいい人はいない。誓うわ。お望みなら、金輪際他の人はつくらないって誓うわ。
 涙はとっておいて。きっとまだ涙は必要になるわ。あなたがこんなに泣くと、私は小さいころにもどってしまいそう。私は今朝は小さくなってはいられない。

(イスメーヌが登場)

イスメーヌ:
もう起きているの? あなたの部屋へ行ってきたところなの。

アンチゴーヌ:
そう。私はもう起きているわ。

乳母:
二人が二人して。・・・二人してどうかしてらっしゃる、召し使いより早く起きるなんて。あなたがたは、朝から何も食べずにいるのがよくて、それが王女さまにふさわしいことだとでも思ってらっしゃるの? 服も着替えてらっしゃらない。あなたがたは私のことを悪くとってらっしゃるってことが、わかるようになりますよ。

アンチゴーヌ:
ばあや、放っておいてちょうだい。もう夏、寒くはないわ。コーヒーを入れてちょうだい。
(急に疲れて、座りこむ)
お願い、少しコーヒーがほしいの。コーヒーを飲めば気分がよくなると思う。

乳母:
まあ、何てこと! わたしゃ温かいものもお入れせず、馬鹿みたいに突っ立ってるんだから。


(急いで出て行く)

イスメーヌ:
だいじょうぶ、具合が悪いの?

アンチゴーヌ:
何でもない。少し疲れただけ。(ほほ笑む)
早起きし過ぎたせい。

イスメーヌ:
私も。私も眠れなかった。

アンチゴーヌ:(まだほほ笑んで)
眠らなきゃだめ。お肌に悪いわ。

イスメーヌ:
冗談はやめて。

アンチゴーヌ:
冗談は言ってない。今朝、あなたが美しいってことに、私は安心する。
私が小さいころ、とても不幸だった。覚えてる? 私はあなたに泥をぬりつけたり、首筋にムシを入れたりした。一度なんか、あなたを木にしばりつけ、髪の毛を切ったこともあった。あなたのこの美しい髪を。
(イスメーヌの髪をなでる)
頭のまわりを飾って、つややかで美しいこの髪の房をみて、そんな馬鹿なとを考えた気が知れない。

イスメーヌ:(急に)
どうして話しをそらすの?

アンチゴーヌ:(やさしく髪をなでながら)
話しをそらせてはいない。

イスメーヌ:
分かって、アンチゴーヌ。私はよく考えたの。

イスメーヌ:
そう。

アンチゴーヌ:
一晩考えたの。あなたはまちがっている。

アンチゴーヌ:
そう。

イスメーヌ:
私たちにはできない。

アンチゴーヌ:(沈黙のあと、小さな声で)
なぜ?

イスメーヌ:
殺されてしまうから。

アンチゴーヌ:
確かにそう。人には役回りがある。クレオンおじさまは私たちを殺すの。そして私たちはお兄さまを葬りにいかなくてはならない。これが決められた役回り。そうすることに何をお望みなの。

イスメーヌ:
私は死にたくない。

アンチゴーヌ:(穏やかに)
私もそう。死にたくはない。

イスメーヌ:
お願い聞いて。私は一晩よく考えたの。私の方が年上で、あなたより分別があるわ。あなたは思いついたらすぐにやらなきゃすまないおばかさん。私は、もっと慎重に考える。

アンチゴーヌ:
あまり慎重に考えてはいけない時がある。

イスメーヌ:
いいえ、アンチゴーヌ。それにこれは恐ろしいこと。私も確かにお兄さまをお気の毒に思う。けれどおじさまのことも少しは理解するわ。

アンチゴーヌ:
私は少しも理解したくない。

イスメーヌ:
クレオンおじさまは王よ。模範を示さなければならない。

アンチゴーヌ:
私は王ではない。私は模範を示さなくてもいい。・・・おじさまの頭をかすめるのは、あのばかで、頑固で、意地わるなアンチゴーヌってこと。あれをすみっこや穴ぐらに閉じ込めること。それであれのことは片付いた。あれは逆らうことしかしなかった。

イスメーヌ:
ほら、ほら。・・・あなたはまた眉根を寄せ、真っすぐ前をにらんで、誰の言うことも聞かずに突っ走ろうとする。私のいうことを聞いて。私はたいていあなたより正しいわ。

アンチゴーヌ:
私は正しいことをのぞまない。

イスメーヌ:
少なくとも理解しようとはしてちょうだい。

アンチゴーヌ:
理解する。・・・あなたたちは私が小さい頃から、口を開けばすぐこの「理解」ばかり。水遊びをしてはだめ。タイルを濡らすからって、冷たくてきれいな水に触ってはだめ、服を汚すからって、地面に触ってはだめ。一度にたくさんものを食べちゃだめ、出会った物乞いにポケットのものを全部上げちゃだめ。地面に倒れるまで風の中を駆けてはだめ、暑いときに水を飲んではだめ、あまり早くや遅くにお風呂に入ってはだめ、したいときにするのはだめ、ってことを理解しなけれりゃならなかった。
理解する。いつだって理解する。私は理解なんてしたくない。年を取ったら理解するでしょうけど。(穏やかに終える)もし私が年を取るのなら。今はだめ。

イスメーヌ:
アンチゴーヌ、クレオンおじさまは私たちより強いのよ、王なのよ。そして国中が同じように考えている。何千人もの人たちが、テーベの街中にうごめき、私たちを取り巻いている。

アンチゴーヌ:
もうあなたのこと聞きたくない。

イスメーヌ:
あの人たちは私たちをののしるの。幾千もの手で幾千もの顔で、私たちを捕らえ、同じ一つの視線で見るの。顔につばを吐きかける。あの体臭と笑い声のなか、荷馬車に乗せられて進まなければならない。それは死刑になるまで止められないの。そこには衛兵たちもいる。堅いカラーでうっ血した鈍い頭と、洗った太い手と、牛の目をもって。衛兵たちはいつも大声をだし、理解させることができるように感じていて、善いか悪いかはおかまいなく、命令されたことならどんなことでもする。苦しみ? 苦しみはきっとある。痛みが強くなり、耐えられないほどになる。痛みは止まるどころか、ますます強まっていく。鋭い叫び声のように・・・
ああ、私にはできない、できない・・・

アンチゴーヌ:
何てよく考えたこと。

イスメーヌ:
一晩中。あなたもそうでなくて?

アンチゴーヌ:
もちろんそうよ。

イスメーヌ:
私はそんなに強くないわ。

アンチゴーヌ:(穏やかに)
私もそうよ。けどそれがどうしたの。

(沈黙。突然イスメーヌが尋ねる)

イスメーヌ:
それじゃああなたは生きたくないの?

アンチゴーヌ:(つぶやく)
生きたくない・・・(できるなら、さらに穏やかに)
朝、素肌にさわやかな風を感じたいためだけに、一番早く起き出していた子はだれ? 夜をもっと過ごしたいためだけに、疲れ切っていても最後に寝た子はだれ? 野原にたくさんかわいい動物がいたり、ハーブの新芽がでたりしているのを考えて、それを全部取れないといって泣いていたおチビさんはだれ? 

イスメーヌ:(急にアンチゴーヌに飛びついて)
私のかわいい妹。・・・

アンチゴーヌ:(昂然と頭を上げ、叫ぶ)
いや! 放っておいて。抱かないで!
いっしょに泣くのはいや。あなたはよく考えたと言った。あなたが考えたのは、国中があなたに向かってわめきたてること、それに死ぬことの苦しみと恐ろしさ。そうでしょ。

イスメーヌ:(頭を垂れて)
そうよ。

アンチゴーヌ:
弁解はよして。

イスメーヌ:(アンチゴーヌに身を投げて)
アンチゴーヌ、お願い! 信念をもって、そのために死ぬのは男の人にはいいかもしれない。でも、あなたは一人の娘。

アンチゴーヌ:(歯を食いしばって)
一人の娘。そうよ。娘であることで、私はいやというほど泣いてきた。

イスメーヌ:
あなたの幸せは目の前にあって、あなたはそれを取ればいいだけ。あなたは婚約していて、若くて、きれいだわ。・・・

アンチゴーヌ:(重々しく)
私はきれいじゃない。

イスメーヌ:
私たちのようではなく、別のようにきれいだわ。街かどで不良たちが振り返るのはあなた。女の子たちが見て、急に黙り、街角を曲がるまで目を離せないでいるのは、あなたのこと。

アンチゴーヌ:(かすかにほほえみながら)
不良たちに、女の子たち。・・・

イスメーヌ:(間)
そしてエモンは?

アンチゴーヌ:(断固として)
まもなくエモンにはすべてを話す。
エモンのことは、すぐに解決するわ。

イスメーヌ:
あなたはおばかさんよ。

アンチゴーヌ:(ほほ笑んで)
あなたはいつも私のことをおばかさんと言っていた。もう一度寝てきたら?イスメーヌ。・・・もう日が高くなったし、いずれにしても私は何もできやしない。死んだお兄さまは今では、生きていたら王だったのとちょうど同じように、衛兵に囲まれているでしょう。もう一度お眠りなさい。疲れて顔色が悪いわ。

イスメーヌ:
あなたは?

アンチゴーヌ:
私は寝たくないの。・・・けれどあなたが目覚めるまでここを動かないって約束する。ばあやが食事をもってきてくれるわ。まだお眠りなさい。お日さまはひとりでに上るものよ。眠気で目が閉じそう。さあ。

イスメーヌ:
納得した? 納得したの? まだ私に話しをさせて。

アンチゴーヌ:(少しうんざりして)
聞いてあげる。みんな聞いてあげるから、今はお願いだから、眠りましょう。じゃないと明日には美しさが減ってしまうわ。
(悲しそうにほほ笑んで、イスメーヌを見送ると、アンチゴーヌは突然イスに倒れかかる)
かわいそうなイスメーヌ。

乳母:(登場して)
さあ、おいしいコーヒーとバタつきパンですよ。おあがりください。

アンチゴーヌ:
私おなかが空いてないの。ばあや。

乳母:
私があなたのために焼いて、お好みのようにバタを塗ったのですよ。

アンチゴーヌ:
ばあやはやさしいわね。少しだけ飲むわ。

乳母:
どこかお具合がわるいんですの。

アンチゴーヌ:
どこも悪くないの。でも、小さいころ病気のときのように暖めて・・・熱よりも強いばあや。悪夢より強く、壁の上を刻々と姿を変えてあざ笑うようなタンスの影よりも強く、夜の闇の中で、何かをかじり続ける沈黙の幾千のムシよりも強く、人には聞こえない叫び声をあげる夜そのものよりも強いばあや。死よりも強いばあや。昔、私のベッドのそばにいてくれた時ように手を握っていて。

乳母:
まあどうなさったんでしょう。私の小鳩さんは。

アンチゴーヌ:
何でもないのよ、ばあや。こういったことには、私はまだちょっと子供すぎるだけ。けれどそれを知っていていくれるのはあなただけ。

乳母:
子供すぎるって、どうしてですの?

アンチゴーヌ:
何でもないの。でもあなたがそばにいてくれる。いつでも何からも助けてくれる、あなたのざらざらした手をにぎっている。するとまだあなたの手は、私を助けてくれるの。

乳母:
ああ、私は何をしてさしあげたらいいんでしょう。

アンチゴーヌ:
なんにも。ただあなたの手をこうして、私の頬に。(目を閉じて、しばらくじっとしている)
さあ、もう怖くない。恐ろしい人食い鬼も、砂の商人も、子供をさらっていくタオタオも、もう怖くない。・・・
(さらに沈黙し、次に調子を変えて続ける)
ばあや、私の犬のドゥースのこと。

乳母:
ええ

アンチゴーヌ:
ドゥースをも決してしからないと約束して。

乳母:
泥の足でそこらじゅうを汚してしまうおばかさん。館の中へ入れてはいけないのです。

アンチゴーヌ:
そこらじゅう汚したとしてもね。約束して、お願い、ばあや。

乳母:
それじゃあ、私は何も言わないで、汚すままにさせなきゃいけないんですの?

アンチゴーヌ:
そうよ、ばあや。

乳母:
それはちょっとばかり、きつい。

アンチゴーヌ:
ばあや、お願い。あなたもあの大きな頭のドゥースが好きでしょ。それに、あなたはほんとうは、いろんな所を拭くのが好きなの。もしいつもどこもきれいになっていたら、あなたはとても不幸になるわ。だから、私は頼んでいるの。ドゥースをしからないで。

乳母:
じゅうたんの上にオシッコをしてもですの? 

アンチゴーヌ:
それでも、しからないって約束して。お願いだから、ねえばあや。

乳母:
お甘えなさって。・・・よろしい。わかりました。何も言わないようにしてみます。私にばかになれっていうことですね。

アンチゴーヌ:
それに、もう一つ。ドゥースに話しかけてやって。ちょくちょくと話してやって。

乳母:(肩を挙げて)
動物に話しかけるですって? 

アンチゴーヌ:
動物みたいじゃなくって。ほんとうの人間のように。私がしてきたように・・・

乳母:
何ですって、私の年で! ばかなことを。けれど、どうして館中がこの犬と話しをしてほしいと思うんです? 

アンチゴーヌ:(穏やかに)
もし、私が何かの理由で、ドゥースに話しができなくなったら、・・・

乳母:(理解できずに)
話しができない、話しができない? どうしてですの? 

アンチゴーヌ:(顔を少しそむけ、厳しい声で付け加える) 
それでもし、ドゥースがとても悲しがって、私が外出している時みたいに、扉の下に鼻を突っ込んでどうしても待っている様子をするなら、苦しまないように殺したほうがいいかも知れない。

乳母:
殺すですって? あなたの犬を殺すですって? 今朝はあなたはどうかしている。

アンチゴーヌ:
ばあや、ちがうわ。(エモンが登場)ああ、エモンだわ。ばあや、二人にして。私に誓ったことを忘れないでね。

(乳母退場)

アンチゴーヌ:(エモンへとかけて行く)
ごめんなさいエモン。ゆうべのケンカと、何から何まで、悪かったのは私よ。許してちょうだい。

エモン:
君が扉をばたんと閉めたとたんに、僕は君を許しているんだよ。君の香水がまだ香っているまに、もう君を許していた。(彼はアンチゴーヌを抱いて、ほほ笑み、見つめる)この香水はだれのをとってきたの?

アンチゴーヌ:
イスメーヌのよ。

エモン:
それに口紅、おしろい、きれいなドレスは?

アンチゴーヌ:
これもよ。

エモン:
あんなにきれいにおめかしして、何があったっていうんだい? 

アンチゴーヌ:
それをこれから話すの。(アンチゴーヌは、彼をもう少し強く抱く)
あなた、私はなんてばかだったんでしょう。素晴らしい夜を、台なしにしてしまった。

エモン:
僕らにはまだ夜はくるよ、アンチゴーヌ。

アンチゴーヌ:
たぶん、こないわ。

エモン:
また違う口げんかもね。幸せってものは口げんかでいっぱいなものなんだ。

アンチゴーヌ:
幸せ、・・・聞いて、エモン。

エモン:
いいよ。

アンチゴーヌ:
今日は笑わないで。真剣になって。

エモン:
ぼくは真剣だ。

アンチゴーヌ:
私を抱いて。一番強く抱いて。あなたの力が私の中に伝わるように。

エモン:
ほら。ぼくの精一杯の力だ。

アンチゴーヌ:(吐息をつき)
いい気持ち。(一瞬、無言。次にアンチゴーヌがおだやかに)
聞いてエモン。

エモン:
うん。

アンチゴーヌ:
今朝はあなたに話したいの。私たち二人のかわいいぼうやのこと。

エモン:
うん。

アンチゴーヌ:
私はどんなものからも、私たちのかわいいぼうやを守るわ。

エモン:
そうだ、アンチゴーヌ。

アンチゴーヌ:
ああ、ぼうやがこわがらなくていいように、強く抱いてあげるの。忍び寄る夜からも、ギラギラ照りつける動かない太陽の光からも、そして影からも。・・・私たちのぼうや。とてもちいさくて、身繕いの悪いお母さんをもつんだわ。けれど、ほんとうの胸をもって大きなエプロンをしたお母さん。そう思わない?

エモン:
そうだよ。

アンチゴーヌ:
そしてあなたはほんとうの奥さんをもつ、そう思わない?

エモン:(アンチゴーヌを抱きしめ)
ぼくはほんとうの奥さんをもつ。

アンチゴーヌ:(エモンにもたれかかり、急に大きな声で)
エモン、あなたは私を愛していた。あの晩、確かに私を愛していた?

エモン:(やさしく彼女をなだめて)
どの夜のこと?

アンチゴーヌ:
あの舞踏会の晩、あなたは片隅にいる私をさがしにきたのを覚えている? あなたは娘を間違えたのではなかったの?
あなたは一度でも、こころの底ででも、イスメーヌに申し込んでいたら、と考えたり後悔したりしたことはなかった? 

エモン:
ばかな!

アンチゴーヌ:
あなたは私を愛しているわね? 女として愛している? 私を抱いているこの腕はウソをついてない? 私の背中に置いたあなたの大きな腕も、あなたの匂いも、この気持ちのいい暖かみも、あなたの首の窪みに頭を置くとき、私を浸すこの大きな信頼も、ウソをついていない? 

エモン:
そうだアンチゴーヌ。ぼくは女として君を愛している。

アンチゴーヌ:
私は色黒でやせている。イスメーヌはバラ色でフルーツのように輝いている。

エモン:つぶやく
アンチゴーヌ・・・

アンチゴーヌ:
ああ、私は恥ずかしさで真っ赤。けれど今朝はどうしても知らなければならない。本当のことを言って、お願い。
私があなたのものだと考えるとき、何かどんどん大きくなっていく穴のように、何か死んでいくもののように、あなたの中に感じてはいない? 

エモン:
そうだ。アンチゴーヌ。

アンチゴーヌ:(間。吐息をついて)
私も、そのように感じる。私はあなたの妻になること、あなたのほんとうの妻になることがとても誇らしいってことをあなたに伝えておきたい。晩になると、何げなくあなたが自分のもののように、私に手を置くの。
(彼女はエモンから身を離す。別の調子で)
さあこれから、あなたに二つのことを言うわ。私が話してしまったら、質問をしないで、あなたは出ていかなければいけない。たとえもし、その話しが尋常でなくても、たとえそれが苦しいものだったとしても。約束して。

エモン:
まだ君は何を言おうとしているの?

アンチゴーヌ:
まず、何も言わないで出て行くって約束して。私を見ることもしないで。私を愛しているなら、約束して。
(彼女はあわれに困惑したエモンの顔を見つめる)
お願い、エモン約束して。・・・これが私の最後のわがままだから。

エモン:
約束するよ。

アンチゴーヌ:
ありがとう。それじゃあ話すわ。まず昨日のこと。さっき、私がなぜイスメーヌのドレスと香水と口紅をつけてきたのかあなたは尋ねた。
私はばかだった。あなたが私をほんとうに好きなのか、自信がなかった。あなたに気に入ってもらえるように、他の娘たちと同じようなことをしたの。

エモン:
そのためだったのか? 

アンチゴーヌ:
そうなの。あなたは笑った。そして口げんかになった。私の悪い性格が出てしまって、私は逃げたの。
(もっと低く)
けれど、ゆうべ私はあなたのものになるために、あなたの奥さんになるために、あなたの所へ来たの。
(彼は後ずさり、話そうとする。アンチゴーヌは大きな声で)
なぜって聞かないって約束よ。約束よ、エモン。
(もっと低い声で。つつましく)
お願い。・・・
(そして身を離して、堅い調子で)
これから話すわ。それでも私はあなたの奥さんになりたかった。私はあなたをこんなに強く愛しているから。ああなんて私はあなたを苦しめるのでしょう。許して。私はあなたと、決して、決して結婚できないの。
(エモンは茫然として、黙ったまま。アンチゴーヌは窓際へ走っていき、大きな声で)
エモン、約束よ。出ていって! すぐに何も言わないで出て行って。もししゃべったら、もし私に一歩でも近付こうとしたら、私はこの窓から身を投げるわ、エモン。私たちが二人で夢にみた坊や、私がけっしてもたないただ一人の坊やに誓って。今すぐに行って、早く。明日になればわかる。まもなくわかる。
(彼女があまりに必死なので、エモンはそれに従って、遠ざかる)
お願い、エモン。行って。私を愛していてくれるなら、あなたが私にできることはそれだけ。
(エモンは出て行く。彼女は壁に背中をつけて、動かない。次に窓を閉め、舞台ま中央の小さなイスにやってきて、腰掛ける。穏やかに、不思議に静かに話す。)
さあ、エモンについてはこれで終わったわ、アンチゴーヌ。

イスメーヌ:(呼びながら登場)
アンチゴーヌ!・・・ああ、そこにいるの。

アンチゴーヌ:(動かず)
そうよ、ここにいるわ。

イスメーヌ:
私は寝られない。あなたが出て行って、昼間なのにお兄さまを埋葬しようとするのじゃないかとこわいの。アンチゴーヌ、エモンとばあやと私、それにあなたの犬のドゥースはあなたのそばにいる。私たちは、あなたを愛している。そして私たちは生きている。私たちにはあなたが必要なの。ポリニスは死んでいるし、あなたを愛してはいなかった。ポリニスは私たちにとっていつもよそ者で、悪いお兄さまだった。忘れて、アンチゴーヌ。ポリニスが私たちを忘れていたように。あの人の魂を、お墓のないままに永遠にさまよわせておきましょう。それがクレオンの法なのだから。あなたの力以上のことをしようとしないで。あなたはいつも勇気があるけれど、あなたはちっちゃいわ、アンチゴーヌ。私たちと一緒にとどまって、今夜あそこには行かないで。お願いだから。

アンチゴーヌ:(立ち上がり、口元に不思議なほほ笑みを浮かべて、扉の方へ行き、穏やかに話す。・・・)
もう遅い。今朝あなたと出会ったとき、もう私は行ってきたの。

(アンチゴーヌは出て行く。イスメーヌは叫びながら追っていく)

イスメーヌ:
アンチゴーヌ!

   (イスメーヌが出て行くと、クレオンが小姓を従えて、もう一つの扉から入ってくる。)

クレオン:
衛兵、と言ったな。遺体を警護していた者の一人か?ここへ通せ。

   (衛兵が入ってくる。粗野な男。しばらく、恐怖で青ざめている。)

衛兵:(気をつけの姿勢で、名乗る)
第二大隊の衛兵ジョナスであります。

クレオン:
何用だ?

衛兵:
はい、王様。誰がここへ参るか、クジを引いたのであります。自分が当たりを引いたのであります。それで、ここに参ったというわけであります。
自分がここに参ったのは、釈明するにこしたことはないと考えましたのと、自分ら三名はけっして任務を怠ったのではないのであります。遺体の周囲には、自分ら三名の衛兵がとり囲み、見張っておりました。

クレオン:
お前は何を言いたいのだ?

衛兵:
王様、自分らは三名なのであります。自分一人ではありません。あとの二人は、デュランと一等衛兵のブードゥースであります。

クレオン:
どうして一等衛兵が来なかったのだ?

衛兵:
その通りなのであります。自分は言ったのであります。一等衛兵が行くべきだと。下士官のおられない場合には、責任は一等衛兵にあるのであります。しかし他の連中は、いやクジを引こうと言ったのであります。一等衛兵を探しに参りましょうか?

クレオン:
いや、お前が来たのだから、話せ。

衛兵:
自分は兵役に就いて十七年になるんであります。自分は志願兵で、勲章と二回の表彰を受けました。自分は評価していただいております。自分は任務に忠実そのものであります。自分の上官どのはいつも『ジョナスとなら安心だ』と言っておられます。

クレオン:
わかった。もうよい。お前は何をおそれているのだ?

衛兵:
通常ならば、一等衛兵が報告すべきところなのであります。自分は一等衛兵を約束されているのでありますが、まだ昇級しておらないのであります。六月に昇級することになっております。

クレオン:
早く言え。もし何かあったとしたら、お前たち三名とも責任がある。そこにいた者を探さずともよい。

衛兵:
それでは。遺体のことでありますが・・・
自分らは、夜を徹して警備していたのであります。一番つらい、二時間の交代をしていたのであります。これはご存じのように、夜が明けようとする時刻であります。まぶたが鉛のようで、首が引きつり、影がみんな動きだし、日の出まえの霧が立ちのぼってくる。・・・ああ、やつらはいい時刻を選んだもんだ・・・自分らは、そこにおり、話しをしながら足踏みをして寒さをしのいでいたのであります。・・・居眠りはしておりません。三人とも居眠りをしていなかったことを誓います。おまけに、寒さで居眠りなんて・・・
突然、自分が遺体を見たのであります。・・・二歩ほど距離があったのですが、それでも自分は幾度も幾度も遺体を見ていたのであります。・・・
自分はご覧の通り、細心なのであります。自分の上官にも『ジョナスとなら、・・・』とおっしゃってます。
(クレオンが仕草で制止する。衛兵は突然大声で)
一番最初に見たのは自分であります。他の者も証言するでしょうが、最初に警告をだしたのは自分であります。

クレオン:
警告? なぜだ? 

衛兵:
遺体であります。誰かが埋めたのであります。ああ、たいしたことではないのであります。そばに自分らがおって、やつらは時間がなかったのであります。ただちょっと土をかけただけで。・・・けれどそれでもハゲタカから隠すには十分でありました。

クレオン:(衛兵に近寄り)
けものが荒らしただけでないのは確かなのか?

衛兵:
はい。自分らも、まずそう願ったのでありますが。しかし土は遺体に投げかけてあったのであります。儀礼に則って。やり方を知ったものの仕業であります。

クレオン:
誰であろう? わしの法に挑戦するというふとどきな者は? 足跡を追ったか?

衛兵:
ありませんでした。鳥の足跡よりかすかなもの一つよりなかったのであります。後でもっとよく探したところ、衛兵デュランは遠いところで古びてすっかりさびた、子供のちっちゃなシャベルを見つけました。こんなことのできるのは子供のはずがないと考えております。それでも一等衛兵はそれを調査したのであります。

クレオン:(少し考えて)
子供だと。・・・すでにいたるところで湧き起こり、徐々に侵食してくる、一旦は撃破された反対勢力。テーベの中に包囲された、金をもったポリニスの友軍、ニンニクの匂いをプンプンさせている民衆の指導者が、突然王子たちと同盟を結び、また司祭たちはこんな状況のなかで何かを取ろうとする。・・・
子供か! やつらはこの方がもっと感動的だと考えているにちがいない。わしにはありありと見える。やつらの子供が。殺人者として育てられ、ていねいに紙に包んだ小さなスコップをチョッキの下に隠した子供。少なくともほんとうの子供の服を着てなければ、・・・やつらにとってはこの上もない無垢な存在だ。
わしの銃の前で唾を吐く、ほんとうに幼い青白い少年。わしの腕の上に貴い血が流れる。
(衛兵の方へ行く)
しかしやつらには、共犯者がいる。おそらく衛兵の中にな。お前、よく聞け・・・

衛兵:
王様、自分らはなすべきことを直ちにいたしました! デュランは足を痛めて半時ほど腰を降ろしていました。しかし自分は始めから直立しておったのであります。一等衛兵が証言するでしょう。

クレオン:
このことをすでに誰かに話したか?

衛兵:
誰にも話しておりません。直ちにクジを引いて、自分が参ったのであります。

クレオン:
よく聞け。お前たちの任務は二倍に延ばす。任務に戻るのだ。命令だ。お前たち以外遺体に近づけるな。そして一言もしゃべるな。お前らはみんな、怠慢の罪がある。いずれにせよ、罰せられるだろう。しかし、もししゃべったり、ポリニスの遺体が埋められたことが、すこしでも街に知れたら、お前たちは三人とも、死刑だ。

衛兵:(大きな声でまくしたてる)
誰にももらしません。誓います、王様。けれど自分はここにいますが、多分他の二人はすでに交代の者に話しているかも・・・
(大汗をかいて、思いついたことをまくしたてる)
王様、自分には二人の子供がおります。一人はまだちっちゃい者であります。
軍法会議では、自分がここにいたことを証言してください。自分は王様とともに、ここにおりました。自分には証人があります。もし話したとすれば、他の二人で自分ではありません。自分には証人がいるのであります!

クレオン:
早く行け。もし誰もまだ知らなければ、お前は死ぬことはない。
(衛兵は走って出て行く。クレオンはしばらく沈黙してたたずむ。突然、つぶやく)
子供か・・・(小姓の肩をつかんで)来い、お前。
わしらはこれから、いろいろ片つけねばならんことになった。・・・そして、楽しい仕事が始まるのだ。
お前は、わしのために死ねるか?お前はちっちゃなシャベルをもって行けると思うか?
(小姓はクレオンを見つめる。クレオンは小姓の頭をなでながら、出て行く)
そうだ、きっとお前も直ちに行くだろう。
(退場しても、ため息が聞こえてくる。)
子供か・・・

(彼らは退場する)

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