東人、川原の院に泊まって妻を取られる話し(巻27.17)
今は昔、五位の爵位を金で買おうとして、東国から京に上ってきた者がいた。
その妻も「こんな折りのついでに、京見物をするづら」と、夫について京に上ってきた。ところが京に到着したが手違いで宿が取れずに、かわりに宿泊するところもなく困りはてているところ、川原の院が無人であったのを、つてを頼って、管理している者に頼み込んで貸してもらうことができた。人目のつかないほうの、放ち出での間(ま)に、幕などを引きめぐらして主人らは泊まることにした。従者たちは土間(どま)にいて料理をさせたり、馬を繋がせたりして滞在しているうちに何日か経過した。
川原の院の一部だといわれる枳殻邸・渉成園のたたずまい
ある夕刻に、主人が居た後ろの妻戸が、突然内側から押し開けられたので、向こう側に人が居て開けたのだろうと思っていたところ、何とも知れぬものが、サアッと手を差し出し、そこに居た妻をつかみ取り、妻戸の中へ引き入れてしまった。夫これを見て驚き騒ぎ、引きとどめようとしたが、妻はたちまち引きずり込まれて見えなくなってしまった。夫は戸を引き開けようとするが、完全に閉まって二度と開かなかった。
そばの格子や遣り戸なども開けようとしたが、どれも内側から掛け金がかけられ開くはずもなかった。夫は驚きまどい、東西南北、あちらこちらと走りまわり、そこいらじゅうの扉を引いたが、どうしても開けられない。傍らにあった人家に走りよって、たった今こんなことがあったと、助けを求めると、大勢の人々が出てきて、建物の周囲を調べたが、中に入れるような箇所はなかった。
そうこうする内に、日が暮れて辺りは暗くなった。思い余って斧(おの)を持ち出し扉を叩き割り、火を灯して夫は妻を捜しに中に入った。すると暗がりの中、妻は衣紋掛けの棹にもたれかかっている。夫が近づくと、傷もなく死んでいるのだった。
鬼が生気を吸って殺したにちがいないなどと、人々は言い合ったが、どうすることもできずに、そのままになった。妻が殺された男は恐れおののいて、外に逃げていってしまった。こんな驚くべきことがあるだろうか。
こんなわけだから、よくよく知らない古い家に、いたずらに宿泊すべきではない、と人々は語り伝えていることだ。
《終わり》
《コメント》
この怪談の舞台になっている「川原(河原)の院」は有名な源融(みなもとのとおる)の邸宅です。『今昔物語』のこの話しの他にも、妖怪の登場する話しの舞台になっています。平安時代には広大な敷地を誇っていたようですが、その一部が今でも枳殻邸(きこくてい)・渉成園(しょうせいえん)として、現在でも一般公開されています。場所は河原町正面(七条通りを北に上がる)西側にあります。都会の真ん中にこんな広々とした庭園があるとはちょっと信じられないのですが、こののどかな庭園の中でこういった怪異が起こったというのもまた、信じられないくらいなのです。
この男は恐らく地方の成り金で、五位の爵位を金で買おうというのです。それについて何もコメントされていないところを見ると、こういうことはかなり行われていたのでしょう。また『ついでに都見物を』という不幸な嫁さんも、そういった成り金の妻の雰囲気をよくだしているように思えます。
例によって最後のコメントでは、実に実際的な教訓を引き出しているのが、ほほえましく、私はこのコメントが大好きです。