◆近衛の舎人、放屁する話(巻28.10)
今は昔、左近の四等官の秦武員(はたのたけかず)という近衛の舎人がいた。
禅林寺(永観堂の正式名)の僧正が宮中に参られたとき、僧正、舎人たちを坪庭に招じ入れてお話しをされておられたが、武員、僧正の前で畏まって長時間控えているうちに、誤って音高く放屁をしてしまった。僧正もこれを聞かれ、御前に多く伺候(しこう)していた僧たちもこれを聞いたけれど、各々顔を見合わせただけだった。しばらくすると武員、両手を広げて顔を覆い「情けない、死んでしまいたい」と口走ったので、その声につられて、御前に伺候していた僧たちが一同笑い合った。その笑いに紛れて武員は立ち上がって走り逃げてしまった。その後武員は長く姿をみせなかったのだった。
このような時には、聞いたとたんに笑うべきである。時間がたてばたつほど、かえって気まずくなるものである。普段からこっけいなことを言う舎人の武員であったので、「死んでしまいたい」と言ったのだったが、そうでない者であったなら、窮めて苦々しい顔をしながらも、何も言えずにただじっとしていることになるのは、たいそう気の毒だろうと語り伝えられていることだ。
《終わり》
《コメント》
こういった生理現象は、洋の東西、時代の新旧を問わず共通しているものです。
私が面白かったのは、話者のコメントです。すぐ笑われたほうが気が楽になるだろうという洞察は、正しいように思います。