◆姫さま、強盗殺人事件(巻29.8)

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 今は昔、下野の守藤原の為元という人がいた。家は三条大路の南、西洞院大路の西の辻にあった。
 十二月の末の頃、その家に強盗が入った。隣家の人まで気づいて大騒ぎをしたので、物はたいして取れず、包囲されたと思ったその強盗は、その家にたまたま身を寄せていた皇族の血をひく高貴な身分の女房がおられたのを人質に取って、抱きかかえて逃ていった。この人質を馬に乗せて三条大路を西の方向に逃ていく。大宮大路の辻に出ると、追っ手が迫ってくると考え、この女房の着る物を剥ぎ取って、女房はそこに捨てて、強盗はそのまま逃げ去ってしまった。

 女房は気も動転し、裸のまま「怖い、怖い」と思っているうちに、辺りは漆黒の闇であったので、大宮川に落ちてしまった。川には氷もはり、風も限りなく冷たかった。女房、水からはい上がり、付近の家の門を叩いたが、怖がって誰も出てくる者はいなかった。女房は、とうとう凍えて死んでしまった。そして野犬に食われたのだった。翌朝になって、長い黒髪と血に染まった赤い頭と、紅い色の袴が、切れ切れになって氷の中に散乱しているのを人々は見たのだった。

 その後、「もしこの強盗を捕らえて、朝廷に引き出した者には、褒賞を与える」という帝の命令が出されたといって、都中の噂になった。犯人としては荒三位(あらさんみ)とあだ名された藤原道雅という人に嫌疑がかけられた。というのも、この荒三位があの野犬に食われた姫君に言い寄って断られたからだ、とは専らの都の噂であった。

 そうこうする間、検非違使の左衛門の尉(さえもんのじょう)平の時道が、命じられ犯人の捜査をしている間、たまたま奈良方面に下ったとき、山城の国柞の杜(ははそのもり、現在精華町・祝園ほうぞの)という所で、一人の男に出会った。その男、検非違使を見て道を譲ってひざまづいている様子がそわそわして挙動不審なので、これを捕らえ奈良阪まで引き立て、「おまえは罪を犯したものに相違なかろう」と厳しく問い糾す。男は「そんなことは致しておりません」と抵抗していたが、さらに拷問して問い糾すと「一昨年の十二月の末ころに人に誘われて三条と西洞院の辻にあった貴人の邸宅に押し入り、物は盗れず、身分のある女房を人質にとって、大宮の辻に捨てて逃げました。その後聞くところによると、その人は凍え死んで犬に食われなさったということです」と男が言う。これを聞いて、時道喜び、その男を都に連行してこの事情を申しあげた。都では「時道は、太夫の尉(じょう)まで昇進だ」と評判であったが、その褒賞もなかった。これはどうしたわけだろうか。必ず褒賞を与えるという宣旨(せんじ・帝の命令)だったのだが。だがやがて時道は位を授けられ、左衛門の太夫に出世した。これは世間がみな非難したからのことであろう。

 この事件を振り返ると、男はむろんのこと、たとえ女であっても寝場所には十分注意しなければならない。うかつに寝たりしていたから、こんなふうに人質に取られてしまったんだ、とは人々が噂したと語り伝えていることだ。
                         《終わり》

《コメント》
・この話は何といっても、お姫さまの悲惨な最期の描写が、生々しく印象深い話です。平安末期の刑事事件の事件簿といった趣があります。この強盗事件は実際に起こった事件で、被害者は実は天皇の皇女という身分の方であったようです。またこの事件の裏では、本文にあった荒三位・道雅がかかわっていたとのことです。荒三位が女性に言い寄って断られた腹いせに、男を使って事件を起こしたというのです。首謀者が三位という高官であることから、実行犯逮捕の後の褒賞に、朝廷は消極的な態度をみせたようです(以上は、岩波文庫本の解説より)。いつの時代でも、警察や司法は、権勢に弱いものだと思います。

・またこの話しの中で、犬の存在が気になります。当時の都には多くの野犬がいました。それらは普段は、人糞を食らっているような情けない存在です。このことは「今昔物語」の話しの中にも出てきますし、「病(やまい)草紙」の中にも、ひどい下痢をしている男のそばに犬が関心を寄せて近寄ってきている場面が書き込まれていることからも解ります(「病草紙」は京都国立博物館に展示してあります)。しかし死人が出たときには、その遺体も食らっていたのがこの話しでわかります。芥川の小説「偸盗」では、主人公が野犬の集団に襲われる場面がありますが、おそらくは大の大人を襲うことはあまりなかったのではないでしょうか。

・また、この話しの話者の最後のコメントの天然ボケといっていいようなおとぼけぶりが、私は大好きです。

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