今昔物語・巻29−9
阿弥陀の聖(ひじり)、人を殺してその家に宿り殺されること
教科書に出ない度は三/五
今は昔、某の国、某の郡に某寺という寺があった。その寺に、阿弥陀の聖ということをしてあるく法師がいた。上に鹿の角を付け、先には二股の金具を付けた杖をつき、鉦(かね)を鳴らしながら、あらゆる所に阿弥陀仏の信仰を弘め歩いていた。あるとき山の中を行くと荷物を担いだ男に出会った。
この法師、その男と同行しているうちに、男は道端にしゃがんで弁当を取り出して食べ出した。法師はそのまま行き過ぎようとすると、男が法師を呼び止める。
「これを食いなされ」と、飯を分けてくれたので、法師はこれ幸いとパクついた。たちまち食い終わってしまい、男が荷物を背負おうとすると、法師「ここはめったに人の来るような所ではない。この男を殺して荷物と着物を奪ってやろう。ばれはしないだろう。」と考えて、荷物を持とうとする男を不意打ちをして、金杖で男の首を突いた。男「これはどういうことだ」と、手を合わせて懇願するが、この法師はもとより屈強の者だったので、力任せに男を打殺してしまった。ことが終わると男の荷物と着ている着物をはぎ取り、飛ぶように逃げ去った。
* *
遙か山を隔てた遠くまできて人里に出たので、法師は「よもや誰も知らないだろう」と里に入って行く。一件の家の前で「阿弥陀を勧め歩く法師でござる。日が暮れてまいりました。一晩泊めてもらえませぬか」と言うと、主の女が出てきて「主人は留守にしておりますが、ならば一晩お泊まりなさいませ」と法師を家に入れた。庶民の小家なので、法師を竈(かまど)の前に招き入れた。女主人、改めてこの法師をよく見ると、法師の着ている衣の袖口が目についた。これは夫が着て出ていった、染め革を縫いつけた衣の袖に似ている。
思いもかけないことで不審に思った女主は、相手に気づかれないようにじっくり観察をしたが、やはり夫の物に違いない。
女は驚き怪しみ、隙をみて秘密に隣家に行き「こんなことがあります。どういうことでしょう」と相談する。隣りの人「これは怪しい。盗んだものにちがいない。本当に確実にご主人の衣ならば、この聖(ひじり)を捕らえて問いつめるべき」と言うので、女「盗んだかどうかは知りませんが、衣の袖口はまさしく夫の物です。」隣人「それじゃあ、この法師が逃げぬ間に、急いで問いつめるべきだ」と、その里の若い男たちの力の強いのを四五人ばかり、事情を説明し、夜にその家に集め待機させた。法師は食事をして、すっかり油断して横になっているところを、急襲して押さえ捕らえた。
法師「これはどうしたこと」と叫ぶが、ぐるぐる巻きに縛り上げ、足を挟んで拷問をして問いつめる。
「私は何もしていない」と白状しないので、「その法師の持っていた袋を開けて見ろ。主人の物があるかも知れない」とある人が言う。「それもそうだ」と袋を開けてみると、主人が持って出ていった物がみんなあった。
「思った通りだ」と、火を入れた器を法師の頭上に置いて責め問うと、その熱さに耐えきれず、法師「実はどこそこの山の中で、これこれの男がおりましたが、それを殺して奪った物です。そもそもなぜこれが露見したのですか」と問うと、「ここはその人の家なのだ」との返事に、法師「これは天罰が落ちたんだ」と。
夜が明けて、この法師を先に立ててこの里の人々が集まり現場に行くと、まさに主人が殺されて置かれている。まだ遺体は獣などに喰われずそのままにあったので、妻子はこれを見て泣き悲しんだ。そこでこの法師を「連れて帰っても仕方がない」と、そこで磔(はりつけ)にして、射殺したのだった。
* *
この話しを聞いた人はみな、この法師を憎んだ。「主人が慈悲心をもって、法師を呼び寄せ飯を食わせたのに、その恩を顧みず、法師の身分にもかかわらず、邪悪に物を盗ろうと人殺しをしたのを、天が憎く思われ、他でもなく、まさにその家に泊まり、このように殺されるとは、感慨深いことだ」と、聞く人が語り伝えたということだ。
《コメント》
末端とはいえ聖職者の犯罪。しかも厚意に仇をもって報いた不届きな宗教者のたどった、数奇な運命です。当時の強盗は、着物がその標的になることが多かったようで、文字通り身ぐるみはいでいくということが多かったのは、他の話しからも想像できます。ここでは私刑(リンチ)が行われていますが、それについてはコメントもなされていませんので、それほど珍しいものではなかったのではないかと想像します。