知恵の宝箱

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 最近ある患者さんと話しをしていて、私の本(『中年期のこころ模様』)やこの『ふれあい』の下の表にも載せた「ストレスに弱いこころのくせ」のリストを、その人にあったように応用して作り直すということを始めました。今回はそれをご紹介しましょう。

 きっかけとなったのは、その患者さんが落ち込んだり、気分が滅入ったりするときにはあるパターンがある、ということに気づきはじめたことからです。患者さんの話しを聞いて、私が気づいた点を指摘して、たがいに意見を出し合いながら、本人が納得できた分を一つの表にして《知恵の宝箱》と名付けました。それが次のものです。
《知恵の宝箱》
---生きていくための楽な考え方---
・何事も段階をふむ。(一挙に目標を達成することはできない)
・比較競争をしない。(人並みに、とも考えない)
・完全にやろうとは思わない。(完全は存在しない)
・六・七割できればそれで満足していく。
・自分をほめる。
・先のことを悪く決めつけない。
・人生の意味を大上段に考えない。(生きているという事実から出発する)
・感謝の気持ちを忘れない。(生きていることにも感謝!)
・過去を振り返らない。
・自分がいちばん大事!
・疲れたときには、考えるのをやめて休むこと!
・物事マイナス面があれば必ずプラス面もある。それに目を向けよう。
・すぐに絶望しないで、根気よくやろう!
 このようなものは、確かに治療の一環といえるのですが、それほど大げさに言わなくても、誰もがお父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんといった人生の先輩から、言葉や体験を通じて受け継いでくる、人生の知恵だと言ってもよいでしょう。

 しかし、昨今ではお祖父さんやお祖母さんは身近かにはいないし、お父さんやお母さんは毎日あくせくと働きイライラして、自分のもつ人生の知恵を子供たちに伝えることは、したくてもできない。ましてや試験の成績を上げることや、クラブの試合やコンクールにいい成績をのこすことぐらいしか評価をしてくれない学校で、子どもたちにとってこのような人生の知恵を学ぶ機会はひどく少なくなってしまっているようにみえます。

 実際、この表を作った患者さんは中年の方で、子ども時代から思春期にかけて、家庭の事情から両親とあまり会話をすることはなく、学校では一人コツコツとがんばって、かなりの成績を上げてこられました。しかし、その中で自分なりに身につけてきた教訓は、中年になってくると、うまくあてはまらなくなってきました。まず、若い時ほどスタミナが続かなくなったし、いくらがんばっても報われない、あるいは裏目に出るといった場面に出くわすようになりました。

 そんな中で新しい、自分の現実にあった「人生の知恵」(言ってみれば、ものを考えていくときの出発点になるようなもの)に出会わないまま、頑張り続けて「うつ」になってきたのでした。
 
 この方は、落ち込みそうな時にこの表を見ていると、スーッと気持ちが落ち着いていくという経験を何回もしたということです。これから、この方が再び「うつ」になることなく、しなやかに人生を送っていかれるように祈りつつ、私は応援していきたいと思います。
 みなさんもこの表を参考にして自分にあった《知恵の宝箱》をつくってみてはいかがでしょう。