◆「こころのくせ」(2)

認知療法トップへ

・さて、ストレスに弱い「こころのくせ」を一つずつ、説明することにしましょう。
・Dr.Itoは、五つの代表的なものを挙げて表にしています。下の表を見てください。
ストレスに弱い「こころのくせ」
(1)他人との比較・競争
 自覚しないうちに競争関係に入ってしまう。他人の
 成功の過大評価、自分の過小評価につながる。
(2)全か無か(ゼロか百か)
 完全主義:完全を求めて、少しのミスでも完全な
 失敗と考えてしまう。全否定につながる。
(3)「すべき」思考
 義務感が強く、すぐ「〜すべきだ」と考えてしまう。
 そうしないと罪の意識をもつ。また、何でも自分の
 せいだと考える。
(4)悪い方向ばかりに考えてしまう
 一般化のしすぎ:一つ悪いことがあると「世の中
 すべてこれだ」と考えてしまう。
 一つの悪いことにこだわってしまう:たとえ他に
 よいことがあってもそれを見ようとはしない。
(5)結論の飛躍
 根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。
 将来を悪く決めつけてしまう。「自分の人生に
 はもうよいことがない」など。
・これらのものは、前回にもお話ししていますが、その人が自覚しないうちに囚われ、はまり込むものですから、本人にとっては意外で気づきにくいということがよくあります。
・以下では、Dr.Itoの『中年期のこころ模様』(かもがわ出版)から、解説の部分を引用することにします。
☆五つの「ストレスに弱いこころのくせ」
@他人との比較・競争
 私の診察経験からすると、これが最も頻度の高いものです。 
 自覚しないうちに他人と比較・競争の関係に入ってしまっている。 現に競争しているのに自分ではそれと気づかず、外から指摘されても否定するという人は案外と多いのです。 人に勝ったと思っているうちはよいけれど、負けたとなると気分が滅入ってしまうものです。
 この競争意識は今の日本の社会に蔓延しているように思います(これは受験教育と無関係ではないと思います。 なぜなら受験教育は、人の序列化と上昇志向をよしとして、人との競争意識を動機づけに利用するものだからです)。

A全か無か
 これは完璧主義につながります。 百点でなければ零点の方がましといった極端な考え方です。
 また白か黒かはっきりさせないと納得がいかず中間色に耐えられないパターンでもあり、強迫的な傾向ともいえます。
 少しのミスでも完全な失敗と考えてしまい、否定的な評価を下しやすいのです。

B「すべき」思考
 義務感が強く、内心イヤなことでも「しなければならない」となったら自分の本音を抑えてどこまでもやろうとする。 それができないと自分を強く責めてしまう考え方です。 この思考を持っている人は非常にまじめな人が多いのは想像できる通りです。

C悪い方向にばかり考えてしまう
 これには二種類あります。
 一つの悪いことがあると「世の中すべてこれだ」と悪い方へ一般化しすぎてしまう。
 もう一つは、一つの悪いことにこだわってしまって、他によいことがあってもそれを見ようとせず、視野を狭くしてしまうものです。
 これらの結果、気分は暗く自己否定的になり、世界が一様に灰色に見えてくる、ということになります。 これは「一滴のインクがコップの水全体をまっ黒にしてしまう」という状況にたとえることができます。

D結論の飛躍
 さらに自己否定的な傾向がすすむと、根拠もないのに悲観的な結論を出してしまいます。 特に将来について、実際には結論など出せないのに悪く決めつけてしまう。 「自分の人生にはもうよいことがない」などというものです。

☆美点が弱点になる構造
 この表をながめていると、各項目は大きく二つに分けられることに気づきます。
 @ABの項目は、一見積極的で社会人にとってよい特性と言えそうなものです。
 競争して勝者になる、そのためにがんばる。 完ぺきを求めて何かを完成する。 義務感が強く確実に責任を遂行する、という人のイメージを考えてみると、社会人として他人から信用されやすく、評価が高い人ということになるでしょう。
 しかしこのような美点と思われる特質も、見方を変えると実はストレスに弱く、脆い考え方となるのです。
 これはどのような事情によるものでしょう。
 まず、これらの項目がどのようにして「こころのくせ」として身につくのかを考えると、こども時代のしつけや教育から始まっているとみられます。 子供時代、あるいは青年時代に、できるだけよく「適応」するには、このような特質を持っているのが都合よいことは明らかです。 親や指導者からの高い評価が得られやすくなるからです。
 しかし同時に、これらは目標を高く設定することになり、その目標を達成し続けることは難しくなってきます。 目標が高くなれば、達成した時の評価は高いものの、それだけ達成できない確率も高くなるわけです。
 初めは達成感によって動機づけられたこのような方向性ですが、目標が高くなり挫折する経験が重なると、CDの項目の「こころのくせ」が形成されることになります。 
 これは柳に跳びつくカエルの状況に似ていると言えるかも知れません。 ただ、この場合は何回跳びついても、失敗すると、前より低い所に落ちて、目標の柳の枝はますます高くなるのです。 失敗しても目標を低く設定しなおすことができず、挫折を繰り返すと、「自分はダメな存在なのだ」という絶望感・無力感を学習し身につけてしまうのです。 これは学習性の絶望感などと呼ばれています。
 ライフサイクルの点から考えると、体力もあり、怖いもの知らずの二十歳代頃までは、ある目標に向かってがむしゃらにがんばると言うのは、効率のよいやり方かもしれません。 しかし三十歳代後半以降の中年期の人にとっては、体力の点でも置かれた立場の上からもこれは適切なものではなくなってくるのです。 つまり若いときに追求していたような単純な価値基準で世の中が必ずしも動いているのではないという現実に直面することが多くなります。 また、親や教師といった大きな力をもった指導者から評価されるという構造が、この年代になると壊れてくることが多いのです。
 こうして四十歳頃に考え方や行動の転換が必要になってくるのです。 これが「中年期の危機」と呼ばれるものです。 それに気づかず、若いころのパターンを繰り返して失敗を重ねると、だんだん自信を失い、自己否定的で硬直した見方であるCDの項目を固定させてしまいます。』
*       *       *
・ここで注目していただきたいのは、第一番目に「他人との比較・競争」が挙げられていることです。普通の認知療法の本は、主にアメリカで書かれたものの訳本か、それに影響を強く受けたものです。そういったものの中では、この「比較・競争」が修正されるべき「認知の歪み」として挙げられることはありません。しかし、Dr.Itoは、診療の経験からこの「比較・競争」の「こころのくせ」が、一番大きな問題を孕んでおり、かつ多くの人が落ち込む原因になるのだと主張しているのです。この件については、日米の文化の在り方が深く関係していると思われ、非常に興味深いところですので、また別の場所で考えたいと思います。

認知療法トップへ